中国はCPI、PPIが下降トレンド、輸出入も振るわず、金利下げでデフレスパイラルに(下) 日暮高則

中国はCPI、PPIが下降トレンド、輸出入も振るわず、金利下げでデフレスパイラルに(下)
<デフレの原因と影響>
昨年、ゼロコロナ政策の下で中央指導部は、工場の操業を停止し、商店を閉鎖し、人を住宅に閉じ込めるなど極端な感染抑制措置を取った。この後遺症がまだ残っている。一時的に故郷に戻った農民工はまだ完全に工場へ復帰していない。ゼロコロナの極端な政策によって一時的にでもサプライチェーンが壊れたのに加えて、昨今は米国が中国の半導体生産を妨害しようと、素材や製造装置、部品などの輸出を停止した。西欧、日本、韓国もこれに追随する構えを見せている。こうしたデカップリングの情勢下で外資系企業は、新たな投資意欲をなくしたばかりか、中国に生産拠点を置き続けることにも懸念を持つようになった。一部の外資系は、労働賃金の上昇などもあって、ここが見切りどころとばかりに他の発展途上国に工場移転を進めている。
加えて、反スパイ法の改正も不安材料だ。反スパイ法の導入で外国企業は本国から派遣する従業員の拘束を恐れるようになった。日本に限れば、アステラス製薬の現地法人の50歳代の男性幹部が3月中旬、「スパイ容疑がある」ということで拘束された。この幹部は、長期にわたって中国に駐在し、3月に現地の職を離れ帰国する直前で捕まったという。また4月下旬、米国の大手コンサルティング企業「ベイン・アンド・カンパニー」の上海事務所がスパイ容疑で公安当局の家宅捜索を受け、従業員が事情聴取された。いずれも、容疑内容は明らかにされていない。拘束事件が相次げば、西側も社員を送り出しにくくなり、勢い中国の事務所、工場は閉鎖され、投資マインドはそがれることになる。
中国は国際的な経済発展を図るため、さらには発展途上国との関係強化、自国の地位向上のために広域経済圏構想「一帯一路」を進めてきた。中国メディアの報道では、中国政府がこれまで世界150カ国の発展途上国に出した借款は計一兆ドルを超すという。JETROによれば、中国商務部は、2021年の対外直接投資額が前年比2.2%増の9366億9000万元、2022年には前年比5.2%増の9853億7000万元だったことを明らかにした。このほか、2013年から2020年までの中国企業の直接の対外投資額は1398億5000万ドルだったという。これらの資金投与で発展途上国を中国寄りに縛り付ける政治的効果はあったが、借款受け入れ国がその後に過剰債務を返済できず、中国財政に大きな負担を与えている。本来なら、国内の公共事業に回ってもいい金が海外に持ち出されることで、国内投資がなくなり、有効需要が生み出せなくなっている。
西側先進国にとって、中国に大市場があり、今後もこの市場とのかかわりは欠かせないという“大市場幻想”が最近、薄れてきたことは事実である。背景にはカントリーリスク、政治リスクがある。一方、世界には、2022年のGDP成長率が7.2%、今年第1四半期は6.1%と確実に成長を続けている同じ人口大国のインドがある。IMF(国際通貨基金)によれば、今年のインドの成長率は7.7%になると予想されている(中国は5.9%の予測)。民主主義国なので政治リスクは少ない、老人大国になりつつある中国に比べてインドは若者人口が多い-などの理由で、先進国の企業家はすでに中国からインドに目を転じているようだ。
<若年層の将来不安>
前述のように、今や中国若年層の5人に1人以上就業できない状況なのだ。いや、ネット上では「実際の失業率は3割を超えている」との声も出ている。であれば、大学、専門学校の学生当事者にとっては大きな不安材料だ。今年夏の卒業生は昨年より82万人多い1158万人だが、卒業しても学んだその専門性を生かせる職場などとても行けそうにない。輸出入企業が不振であるのに加えて、IT産業や、補習校、学習塾などの教育産業が当局の指示で抑制されている。さらに、不況の影響で金融、不動産も就職口は狭まっている。そのために、就職希望者は自らの能力や適格性を度外視して、仕方なく「ウーバーイーツ」のように自転車やバイクで食事を運ぶフードデリバリーや、街の歩道や広場で露天商を始めるしかない。
大学新卒者の中には企業側採用担当者の目を引くため、さまざまな努力をしている人もいる。台湾のネットニュースによると、ある中国の女子学生が「Hello I’m劉××」という見出しを付けた求職申込票をSNS「微博」に掲載し、アピールしている。驚くことに、その申込票に張り付けられた本人写真は豊かな胸部の肌を露出したピンク色の下着姿だった。そこに書かれた個人データによれば、この女性は自称上海の名門校・復旦大学経済学院の学生で今年23歳の「劉某」で、企業幹部の秘書あるいは総務関係の事務職員になることを求めている。この奇抜な求職申込票はネット上で格好の話題になり、「見たところ有能そうに見える」とか「求職でなく、企業幹部の愛人になりたいのではないか」などのさまざまな書き込みがあったという。
仕事にありつけず、神経疾患(ノイローゼ)にかかる若者も多い。昨年発表された「青書」によれば、中国で9500万人の精神疾患患者がいるが、このうちの半数が学校で学ぶ学生・生徒であり、18歳以下が3割を占めるという。精神疾患にならないまでも、虚無的になり、「寝そべり(躺平)族」と化す人たちもいる。つまり、就職はしない、結婚もしない、子供も作らない、車も家も買わない、そういったことを一切考えないで、日がな一日何もせず寝そべったままでいる若者のことを指す。現実は「就職をしない」のでなく「就職できない」状況なのであろう。であれば、寝そべり族になることは積極的な選択でなく、止むを得ない選択なのかも知れない。
若年層の自殺も増えている。中国の疾病予防コントロールセンターの報告によると、2010年-2021年の間、中国人全体の自殺死亡者の数は下がっているが、児童・青少年のその数は逆に3倍に増加しているという。米国メディア「ボイス・オブ・アメリカ」の報道では、今年4月、福建、河北、河南、四川省など中国各地から集まった4人の若者が湖南省の山岳景勝地、張家界に集まり、服毒後に崖から飛び下りる集団自殺事件があったという。集まった4人は「自殺」をキーワードにしたネットサイト上で知り合ったと見られる。若者が寝そべり族になるならまだしも、前途を悲観しての集団自殺が相次げば、一人っ子政策で若者世代が少ない中国ではゆゆしき事態となる。
<経済回復の妙案は?>
現在の経済低迷の原因について、習近平主席肝いりのスローガン「共同富裕」が関わっていると指摘する人も少なくない。従来金融、証券関係、IT産業のサラリーマンは高給取りと言われ、事実、製造業などの5倍から10倍くらいの所得を得ている人がいた。そうした所得格差が優秀な人材のマインドを高め、企業の高収益をもたらしてきた。しかし、共同富裕のスローガンを受けて政府は企業側に「高給」という求人宣伝を止めるよう指示。事実、金融、IT企業サラリーマンの給与は減額され、不労所得を防ぐために株価も抑制された。ブルンバーグ通信社によれば、大手ネット通販企業「アリババ」の創設者、馬雲(ジャック・マー)氏は3年ほど前に関連企業の株式を大量に保有していたために総資産は612億ドルと言われたが、今ではその半分以下の300億ドル程度になっているという。当局によるIT産業への監視が一段と厳しくなっていることを物語る。
富裕層の資産目減りも起きている。不動産そのものの価値が低下しているばかりでない。2軒目以上の住宅取得には重い不動産取得税が掛けられるほか、不動産保有税(日本の固定資産税)の導入も検討されており、資産保持のために複数の住宅を持つことに制限を加えている。このため、富裕層は国内での物件保有を諦め、海外に進出するケースが見られる。北京、上海、深圳など国内大都市に比べて海外の大都市物件の方がはるかに安価であるからだ。海外で不動産を取得するとともに、そのまま海外に移住してしまう人も出ている。習近平指導部は共同富裕の名の下に企業の集団化、公有化を強めており、それに嫌気を差した有能な民間企業経営者が国内でのビジネスに見切りをつけたのだ。
中国では経済が悪化すると、結局政治に影響を及ぼすことは新中国成立後の歴史が証明している。1950年代末の大躍進の失敗によって毛沢東主席の権威が落ち、一時「走資派」に権力を奪われたことがあったし、天安門(6・4)事件の引き金になった1989年春の民主化運動は当時のハイパーインフレーションが原因だったとも言われる。という経験則に基づくならば、このままのデフレ不況は政権を危ういものにする恐れがある。メンツの問題で米国と折り合うことが難しく、米国の半導体輸出規制で「中国製造2025」の達成が厳しいのであれば、純粋に国内の経済循環を図らなければならない。
それには当面、第3次産業の活性化を図らなければならないのであろう。北京などの大都市では、環境美化に反するとして露天商、野外レストランなどが排除されている。一部の都市では、城管(町環境保全の機関)が強硬な取り締まりに出て商売人と殴り合いまでするケースが見られた。だが、露天ビジネスは大学新卒者の一時就業先として、農村の余剰労働力を吸収する場としてもっと活用されてもよさそうだ。さらに、飲食業は第3次産業の主力だが、習近平国家主席が食品の無駄遣い、浪費飲食を止めるよう号令をかけたことから2020年に全人代で「反食品浪費法」が成立、高級レストランなどでの贅沢な飲食、食べ残しを止めるよう規制がかかった。「飲む、打つ、買う」のうち合法である「飲む(食べる)」に依然規制があるのは問題ではなかろうか。
さらに、大胆な発想をするなら、博打などの娯楽産業をそろそろ国内に認めても良さそうだ。これまで中国人はマカオ(特別行政区)に行ったり、ベトナム、タイ、ミャンマーなどの周辺国の賭博場に出かけたりして、実質中国の“富”を海外に持ち出していた。「打つ」「買う」などの闇ビジネスは社会主義国家の“清廉性 ”に反すると言われればその通りなのだが、若者の就職口がないのであれば、背に腹は代えられない。党中央指導部がメンツにこだわらず、そういう大胆な発想転換をして、有効需要を起こすこともまた必要なのかも知れない。
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