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第601回 ウクライナでの戦争犯罪、裁きはどこまで可能か 伊藤努

第601回 ウクライナでの戦争犯罪、裁きはどこまで可能か 伊藤努

第601回 ウクライナでの戦争犯罪、裁きはどこまで可能か

ロシアが昨年2月、ウクライナに軍事侵攻してから早くも1年半となる。この間、国際社会が連日のように目にしてきたのは、侵略した側のロシア軍による占領地域での現地住民の虐殺・大量殺害や組織的な子供の連れ去り、原子力発電所への攻撃や地雷設置など、戦時下だとはいえ、想像を絶するロシア側の数々のおぞましい暴挙だ。

ロシアは侵攻当初の短期戦での軍事的勝利の見立てが大誤算に終わり、戦場で苦戦を強いられるようになったと見るや、昨年10月以降はウクライナ各地の集合住宅など民間インフラへのミサイル、ドローン攻撃の強化に踏み切ったほか、冬季入りを控えた時期からは送電網など電力供給システムに対しても攻撃を加え、多くのウクライナ国民が暗闇の中での酷寒生活に苦しめられた。

また、今年6月初めには戦況とも密接に絡む形で、南部ヘルソン州にある水力発電所が爆破されてダムが決壊し、周辺地域に大規模な水害を引き起こした。被災地域が有数の穀倉地帯であることもあり、農業生産にも深刻な影響が出た。水力発電所を爆破したのは誰かは特定されていないが、さまざまな状況証拠から判断する限り、発電所を占拠・管理していたロシア側の仕業である可能性が極めて高い。

おぞましい暴挙として紹介してきたロシアによるウクライナでの軍事作戦はいずれも、戦争犯罪や人道に対する犯罪などに相当する重大な違法行為であり、オランダのハーグに本部がある国際刑事裁判所(ICC)も侵攻当初から、ロシア軍によるあまりにあからさまな戦争犯罪の疑いの濃い多くの事案について、証拠収集や被害者・目撃者の証言集めに精力的に取り組んでいる。

今年3月には、占領地域からのウクライナの子供たちの集団的な連れ去り事案について、ICCはプーチン大統領とロシア政府の担当高官の2人に責任があるとして、逮捕状を発布した。2003年に発足したICCはこれまでも、国家指導者としては、スーダンの民族紛争に絡んでバシール大統領に逮捕状を出したことがあるが、残念ながら実際に逮捕して身柄を拘束し、裁判で有罪に持ち込んだケースはない。

ロシア側はプーチン大統領らへの逮捕状発布について、同国がICCに非加盟であることを理由に、違法で効力を持たないと反発し、逆にICCの主任検察官や裁判官を指名手配する挙に出ている。プーチン大統領がロシア国内にとどまる限り、逮捕は事実上不可能だが、ICCに加盟している外国を訪問した際には逮捕される可能性は排除できないだけに、同大統領の外交活動にも支障が出始めている。実際に、8月下旬に南アフリカの首都プレトリアで開催される新興5カ国「BRICS」の首脳会議には、同国がICC加盟国であるため、プーチン大統領は参加を見送り、ラブロフ外相を代理の形で出席させることになった。

「世界の平和と安全に特別の責任を有する」と国連憲章に明記される国連安保理常任理事国でもあるロシアの最高指導者が国際司法機関に逮捕状を出されること自体、前代未聞の出来事であり、ロシアの国際的孤立と国家としての威信失墜を物語る。

ICCは引き続き、ロシア指導者らの戦争犯罪での立件に向け、多方面での証拠収集に取り組んでおり、プーチン大統領らクレムリン高官の法的責任追及と司法の場での裁きに向けた動きはこれからがむしろ本番だ。

ICCの取り組みの追い風となるかのように、バイデン米大統領は最近になって、ウクライナ侵攻を続けるロシアの戦争犯罪に関する証拠について、ICCと共有するよう関係各省に指示したと伝えられる。米国はICCに加盟しておらず、一部欧州諸国とは異なり、これまで証拠提出などの協力には応じていなかった。

米政府内では、国防総省が海外に展開する米軍将兵に捜査が及ぶことを懸念し、ICCへの協力に反対の立場を示してきた。バイデン大統領の決定は歴代政権の方針を覆した形で、米メディアは「政策の大きな転換」と伝えている。

このように、ロシアのウクライナ侵攻当初から、さまざまな戦争犯罪の容疑が取りざたされていることを見るだけでも、今回のロシアによるいわれなき隣国侵略が戦争犯罪まみれの非人道的かつ残忍・冷酷非情な大国の看過できない横暴であることが分かる。

プーチン大統領への逮捕状を出したICCの赤根智子裁判官は日本メディアとのインタビューで、同大統領が自国にとどまる限り逮捕は困難だとしながらも、「この件に限らず、われわれは逮捕状だけ出せばいいと思って仕事をしているわけではない。重大犯罪の抑止のためには、逮捕と訴追を積み重ねることが重要だ」と語っている。検事出身の赤根裁判官らICCの敏腕法律家の総力を挙げた取り組みに期待したい。

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