未来の不動産の発展モデルという「14号文件」、過去の問題処理に触れない物足りなさも(下) 日暮高則
未来の不動産の発展モデルという「14号文件」、過去の問題処理に触れない物足りなさも(下)
<企業によって違う対応>
中国当局が恒大集団の破産を容認する気配を見せている半面、碧桂園には救済の手を差し伸べるという違う扱いを見せているのはなぜか。そこには政治のつながりが関係しているようだ。不動産企業「碧桂園」は広東省仏山市順徳区出身の楊国強氏(68)らによって1992年に創設された。楊氏自身は貧しい農家出身であり、その点では、河南省の農村育ちの許家印恒大集団会長の生い立ちと酷似している。少年期に泥瓦作りの職人からスタートし、その後に建築会社の総経理となり、商才を発揮して企業を大きくした。1990年代、鄧小平氏が提唱する改革・開放政策の中で、不動産業に目を付け、仲間を集めて企業を起こし、住宅建設に着手した。仏山は香港に近いことから、主に同地の富裕層が碧桂園の物件に関心を持ち、購入したことから、企業規模が膨らんでいった。
2007年には香港の株式市場に上場し、莫大な利益を上げると国内のみならず、海外にも進出した。マレーシア・ジョホールバル州沖合に人工島を造成、「フォーレストシティー」という一大環境融合都市の造成を図った。これが目玉プロジェクトとなり、「カントリーガーデン」という英語社名は一躍世界に知られるようになった。今年3月、楊氏は同社の会長職を退き、その地位を娘の楊恵妍女史に譲っている。本人は「高齢のための交代」と説明をしているが、一昨年来の不動産不況で負債償還が厳しくなってきたことで責任を取った意味もあったのだろう。ただ、楊国強氏は「特別顧問」という職に就き、依然経営権を握っていることに変わりない。
楊国強氏は自身党員であってずっと共産党と密接な関係を保持しており、全国政協会議のメンバーでもあった。広東省の地方幹部と親しい付き合いをしていたことは知られているが、党中央幹部との関係は明らかになっていない。前回当欄で触れたように、一方の不動産業の雄、恒大の許家印会長が江沢民元国家主席系の幹部と懇意にしていたことは有名。8月の北戴河会議で江系の曽慶紅元国家副主席が習主席の執政を厳しく批判したとの情報もあり、これが習近平主席に不快感を与え、江系幹部と親しい許氏逮捕につながったとの見方もできる。逆に、碧桂園に救済策が出されたのは、楊会長が習近平系の幹部と親しいか、あるいは政治的に中立のスタンスを取ってきたためではなかろうか。
<万科、その他の場合は>
深圳に本拠を置く不動産大手の「万科企業公司」も同じく債務問題を抱える。だが、不動産の開発・販売、管理に特化し、企業グループを作ってコングロマリット化していないのが特徴で、それ故か、債務の額は恒大、碧桂園に及ばないとされる。それでも不動産不況の煽りを受けて経営悪化を招いている。同社の郁亮会長も「予想以上に状況は悪い」「短期的には業界に圧力がかかっている」との見解を示している。だが、「債務は期日通り返済する」と不履行のないことを力強く宣言。これを受けて深圳市の国有資産監督管理委員会は「万科には十分信頼している。極端な状況になっても必要に応じて金融機関が資金提供をするであろう」と指摘。同社の債務償還に関しては全く不安視することはないとの見方を明らかにした。
実は、万科の最大株主は国有企業の「深圳市地鉄(地下鉄)集団」であり、同市国有資産監督管理委員会とも密接な関係を保持する。巷間、深圳市地鉄と万科は「親と子」の関係にあるとも言われる。同監督管理委の葉新明氏は「万科には十分な信頼を置いている。万科が極端な状況に直面したら、必要に応じて市場が求める形で合法的な資金援助を行う」と宣言していたが、実際、格付け会社フィッチ・レーティング社が万科の長期外貨建て債のレーティングを「トリプルBプラス」から「トリプルB」へとワンランク落とし、同社の債券価格が下落した際、透かさず地鉄集団は11月6日、万科に対し100億元の支援を約束し、信用不安を打ち消した。このように国有企業が後ろ盾になっている不動産企業は強い。多くの投資者は「万科は不動産業の風見鶏。もし万科が駄目になったら、不動産業全体が終わりにあるということだ」と認識しているほどだ。
一部のアナリストは、深圳市国有資産監督管理委の対応から判断して、「救済される不動産企業は比較的経営が健全なところなのだろう。外資(オフショアの債券)を無視することはできないのだ」と指摘する。今年6月末時点で、上場不動産企業のうち「3つのレッドライン」に抵触していない、いわゆる“健康的な”企業は10数社しかなかった。下半期の10月末では、企業の収益が大幅悪化していることから、レッドラインに抵触しない企業の数はさらに減少しているものと見られる。そうした中で、地方の国有企業の支援を受けた万科のケースは、多くの同業他社からうらやましがられている。
他の不動産業者では、遠洋集団が国有企業の「中国人寿保険(生命保険)」や「大家保険」が大株主になっており、支援の態勢は整っている。保利発展、華潤置地、中海地産、龍湖集団、金地集団などのその他の同業各社も中央党幹部との関係が深く、同じように後ろ盾を持っているようで、しぶとく生き残っている。もちろん、多くの不動産企業を破綻に追い込めば、金融機関に影響与える。そのため、中国当局としても、破綻する企業は少なければ少ないほどいいとの認識を持っていよう。今、ひとり恒大集団が破産の瀬戸際にあるのは、不動産業全体に警告を与えるためのスケープゴートにされたのかも知れない。
<やはり「国進民退」か>
話を再び「14号文件」に戻す。「保障性住宅」は低廉価格で、かつ安定的、計画的に建設されるものであるから、公営住宅的色彩が強い。現に今でも、低所得者向けではないが、公務員や学校の教師の便宜のためにこの種の住宅が各都市に2割程度存在するという。となると、建築に当たるのは公的な企業になる可能性が高い。すなわち中央、地方政府が設立し、直接管理する「国有企業」や、国務院国有資産監督管理委員会が出資し、中央政府が管理する「中央企業」の業者である。一方、建設の規格がなく豪華で金を無尽蔵にかけられる「商品住宅」は、民間企業に委ねられることになろう。
今後の不動産需要動向からすれば、デフレ不況の中で一般給与所得者の購入希望は圧倒的に保障性住宅に向かうものと見られ、商品住宅需要は減少していくに違いない。結果として、保障性住宅の建築に当たる公営企業が繁盛し、商品住宅を担う民間企業は苦戦を強いられる。したがって、14号文件の方策は民活には程遠く、習近平政権が推し進める「国進民退」の流れをさらに加速させるものになる。また、保障性住宅の価格に歯止めがかけられれば、それに引きずられる形で商品住宅の価格も抑えられていくのは必然。中国のSNS情報では、14号文件通りに住宅建築が進めば、住宅価値は北京、上海、深圳、広州の一線級都市で半分に、2、3線級都市では10分の1になり、結果として今後5年のうちに9割の不動産業者は破産していくだろうとの悲観的な見通しも出ている。
もう一つの懸念材料としては資金問題だ。恒大集団、碧桂園など大型デベロッパーが現在抱える負債未償還が大きなニュースとなった今、今後これら企業に資金を提供する金融機関、地方政府の金融平台はほとんど出てこない。であれば、商品住宅の建築、フォーレストシティーのような大規模な環境融合都市造りを進めるのは無理である。その点、国営、中央企業は国有銀行とのつながりを持ち、資金は潤沢に得られるので、保障性住宅の建築は進む。儲けられるのは公営企業だけだ。民間企業の大規模投資がなければ、GDP(国内総生産)の伸長には寄与しないので、不動産業が今後、中国経済の成長エンジンになる可能性は小さくなりそうだ。
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