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経済ファンダメンタルズ悪化でも依然政治優先か―習主席の上海“南巡”も効果見えず(上) 日暮高則

経済ファンダメンタルズ悪化でも依然政治優先か―習主席の上海“南巡”も効果見えず(上) 日暮高則

経済ファンダメンタルズ悪化でも依然政治優先か―習主席の上海“南巡”も効果見えず(上)

2023年の年末を迎えて、中国のデフレ傾向は依然続いている。11月の消費者物価指数(CPI)は前月比、前年同月比ともにマイナスになっており、製造業購買担当者景気指数(PMI)は景況拡大・悪化の分かれ目である「50」を2か月連続で下回った。貿易統計を見ても、同月の輸出入総額は3兆7000億元で前年同期に比べてわずかに1.2%の増でしかない。ゼロコロナ政策を取りやめてから1年経つが、製造業が完全復調しているとは思えない。西側企業の中国での投資停止、工場撤退があり、半導体、先端技術の輸出規制もある。加えて、国内の不動産不況などで関連産業がシュリンクした。習近平国家主席もさすがに経済の低迷に危機感を持ったのか、経済都市の上海市に赴き、外資導入などで檄を飛ばした。だが、「笛吹けど踊らず」で、最高指導者の鄧小平氏が1990年代に行った南方巡察での改革・開放の呼びかけのようなセンセーショナルな効果はなかった。背景には、党内政治状況の険悪なムードも影響しているもようだ。このデフレ不況は来年にも続いていくのであろうか。

<依然悪い経済指標>
国家統計局が12月9日発表したところによると、11月のCPIは前月(10月)比、前年同月比ともに0.5%のマイナス。多くのエコノミストは0.2%程度のマイナスを予測していたが、実際はこれを上回り、2020年11月以来の最大の下げ幅となった。内訳を見ると、食品・酒類の価格が前年同期比で2.2%の減。肉類全般で19.2%の減、卵類も8.8%の減。中国人が最も好む豚肉の価格は31.8%の減と大幅安となった。豚肉の生産増があったほか、富裕層を中心に牛肉などに嗜好が変わったのが理由とも言われる。燃料価格も同0.6%の減。一方、生産者物価指数(PPI)は前年同期比3%の減で、これも大方のエコノミストの予想2.8%を上回る下げ幅となった。ちなみに10月は2.6%の減だった。PPIは14カ月連続で下降しており、その下げ幅も8月以来一番大きかった。内訳は、建築材料・非鉄金属、農業副産品がともに7.8%減、燃料動力類は7.4%の減、化学原料類は6.3%の減。

統計局が11月30日に明らかにした11月のPMIは49.4で、10月の49.5からさらに低下した。ロイター通信によれば、大方のアナリストは「PMI は10月から上昇し、11月は49.7程度になるのではないか」と見ていたが、逆に低下したことに驚いている。税関総署が発表した貿易統計では、11月の輸出入総額は3兆7000億元で前年同期比1.2%の増。ロイターは、前年同期比で3.3%の増を予測していたが、これを大きく下回った。輸出額は2兆1000億元で同1.7%の増、輸入額は1兆6000億元で同0.6%の増。厳密な貿易黒字額は4908億2000万元で、黒字幅は5.5%拡大したとしている。ただ、米側メディアの報道では、中国の11月の輸出額は前年同期比で0.5%の増でしかなかったと伝えられている。

米国のジーナ・レモンド商務長官は12月2日、議会や産業界向けに「半導体など先端技術分野で中国が安全保障上の脅威になるのを阻止しなければならない。半導体メーカー幹部の中には、収益減をもたらすとして対中輸出規制強化に不満な向きもあることだろう。しかし、短期的な利益より国家の安全保障を図ることの方がより重要である」と訴えた。同女史はこれより先、国防関係のフォーラムでも、中国について「われわれの友人でない」「米国にとっては過去最大の脅威」であるとも語っている。民主党内の中道派で、温厚そうな顔立ちでありながらも、中国に対してはかなりの強硬派だ。これで対中輸出管理は一段と厳しくなってくる。

外国資本の中国脱出も増えている。米紙ウォールストリート・ジャーナルによれば、2023年8月以来、240億ドルの外資が中国株式市場(A株)から撤退したという。製造業の外資企業数は7月末に4万3348社まで減り、2004年11月の水準に戻った。海外企業の直接投資(FDI)も2023年の第3四半期、1998年以来初めて流出が流入を超えた。以前は、年間500億-1000億ドルの流入超過が普通だったが、ついに逆転現象が起きてしまった。中国指導部はショックを受けたようで、外資の継続的な呼び込みに務めたが、撤退の流れは止まらない。外資企業側は中国市場での収益低下を感じているほかに、外資への規制強化、反スパイ法などの政治リスクを考慮した結果と見られる。

ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)の悪化状況を受けて、米国の格付け会社「ムーディーズ」は12月5日、中国(国債)の信用格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ(弱含み)」にランクダウンさせた。同様に中国国有の工商、建設、農業、中国の4銀行を含む主要8行についても「ネガティブ」に変更している。不動産市場の低迷は2021年から公然化しており、本来はもっと早く格下げすべきであったのだろう。だが、米国企業も中国に投資したり、工場を持ったりしているため、ムーディーズはランクダウンが米国企業に影響しないよう慎重に機会をうかがっていたと見られる。今年末、中央政府の財政に加えて、地方財政の悪化も明確になったことで、さすがに変更せざるを得なくなったようだ。

格下げに対し、中国財政部(省)は「大変失望している。中国経済は回復に向かっている」と反発した。ロイター通信によれば、中央政府の23年1-9月期の財政収入が前年同期比で8.9%の増であり、地方レベルでも9.1%に回復していることが強調された。そして同部は「中国は質の高い経済発展を進めており、改革によってリスクに対応することができる。財政の持続可能性に対する心配は必要ない」と強気の決まり文句で反発した。それでも、ムーディーズは翌6日、追い打ちをかけるように地方政府の傘下にある融資平台(LGFV)26社についても格下げすることを示唆した。

<「中植」に見る金融危機>
ムーディーズが格付けを落とした背景には、「城投債」という債券を発行してインフラ建設を進めてきた地方政府傘下の「融資平台」や、市井の資金を吸い上げて資金運用をしてきた民間の「影の銀行(シャドウ・バンキング)」が危機的状況に陥ったことがある。特に、影の銀行として最大である投資信託企業「中植集団」の影響は大きい。その中植は2023年11月22日、投資者向けに公開レターを発表、その中で「第三者の会計法人に事業の精査をしてもらったところ、集団の帳簿上の資産は2000億元と確認された。これらの資産は長期間の債券、株券への投入であり、今すぐ回収できる金は限られている」ことを明らかにした。その上で、「債務規模は膨大であり、4200億元から4600億元に達し、資産でカバーできない額は少なくとも2200億元に上る」とも暴露し、事実上投資者への返済ができないことを明言した。

債務が膨れ上がったのは、前述のように右肩上がりの不動産建設に投資し続けてきたことが原因だ。今秋時点で、中植の資産総額2000億元に対し、負債総額が2000億元以上であれば、金融サービス業は生産手段を持たないだけに事業継続が不可能、事実上破たん状態にあると言わざるを得ない。北京の金融管理当局、捜査当局は早くからこうした放漫経営を問題視していたようで、夏ごろから内偵を進め、11月下旬に幹部の逮捕に踏み切った。逮捕者は同企業創設者の故解直錕氏の親族「解某某」と言われるが、具体名は明らかにされていない。解直錕氏の甥子である解子征氏の可能性が高い。

中植集団は海外でほとんど知られていないが、国内では知る人ぞ知る有名な影の銀行(シャドウ・バンキング)である。年利8-9%という高利回りをうたったため、それに引かれて多くの富裕層が資金を委ねてきた。創設者は、黒竜江省伊春市出身の解直錕氏とその実兄だと言われる。兄弟はもともと地元で印刷工をしていたが、木材を闇で伐採して売り出して財を成し、それを元手に1995年、北京で「中植集団」を立ち上げた。解直錕氏は北京に出たあと大学で金融学や金融実務を学んだとも言われる。1990年代中期は改革・開放が本格的に始まった時期であり、民間の資金需要は増加の一方であった。中植は特に不動産開発、IT企業などに資金投入して企業規模を大きくしていった。

同社の傘下には「中融信託」「横琴人寿保険」「恒邦財険」「控股中融匯信期貨」「中潤金服」の企業群がある。解直錕氏は富豪ランキングで上位を占め、著名な歌手の毛阿敏女史を2番目の妻として迎えている。解氏自身は2021年12月18日に「心臓発作」ということで61歳の若さで謎の死を遂げた。企業経営は甥の劉洋氏に引き継がれ、その後同氏が切り盛りしてきた。だが、右肩上がりだった中国バブル経済もやがてピークに達し、中央政府の金融引き締めが始まった。これで不動産業が低迷、2021年にデベロッパーの債務問題が浮上し、シャドウ・バンキングもその影響をもろに受けた。解氏の急死もそんなタイミングに起きているので、その死をいぶかる声も出ていた。

中植が33%の株式を握っている傘下の中融信託はすでに2023年夏から顧客とのトラブルを起こしていた。同社は中長期の信託商品を扱っているが、7月28日以降、少なくとも満期を迎えた商品22アイテムの支払いができないことを国家金融監督管理総局に届け出たのだ。ロイター通信によれば、中融が扱う金融商品の規模は1600億-2000億元で、約3万人の投資家に影響が出るもようだという。中融信託はとりわけ不動産開発にのめり込み、この方面への投資比率が高い。2017年に6.61%だったが、18年には10.99%、19年には17.65%、20年には18%とアップしていった。

不動産業の破たんで中融はもろに影響を受けたが、同社に限らず、中植傘下の企業は多かれ少なかれ不動産開発企業への投資が中心だ。米系華文ニュースによれば、中植、傘下企業への預託量は実態がつかめておらず、投入金額は膨大な額に及ぶと見られている。中植系企業に投資していた大手の国有企業や中央企業はいち早く資金回収に入り、リスクヘッジしたと見られる。問題は情報過疎に置かれた市井の一般投資家で、爪に火をともして貯めたような彼らの資金の回収は難しい。


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