第407回 カジノ解禁論議で思い出すギャンブル記者 伊藤努

第407回 カジノ解禁論議で思い出すギャンブル記者
観光立国を錦の御旗に掲げ、その一環として特別に指定されたリゾート地でのカジノ解禁の立法化を急ぐ安倍内閣だが、国内では悪影響もあるギャンブルを奨励するものだとして、反対論も根強い。新聞報道などでこの議論を目にするたびに思い出すのが、筆者の元上司で、ギャンブルが何よりも好きだったYさんだ。ニューヨークを振り出しにパリ、ワシントンで特派員を務め、早期退社後は大学教授、翻訳家、国際問題評論家として八面六臂の活躍をしたYさんだが、そうした経歴はこの大先輩記者の人生の半分にすぎない。
というのは、海外特派員や東京での勤務時はデスクなどとして本来の仕事をきちんとこなす一方で、いったん会社を離れれば、賭け事と好きなアルコール三昧の生活だったからである。賭け事といっても、ほぼ全世界の有名カジノで数知れない勝負を楽しみながら、その体験や訪れたカジノの印象記を文章でも紹介し、ギャンブル関係の著作を幾つかものしている。カジノ関係の著作は本名ではなく、好きなルーレットのラッキーナンバー「黒の11」から取った「黒野十一」のペンネームを使っているので、関心のある方はインターネットで検索していただきたい。
手元には、1997年に新潮社から刊行された分厚い専門書のような『カジノ』、2002年に出版された手軽に読める平凡社新書『世界カジノぎりぎり漫遊記―ギャンブル記者、夢の宮殿を巡る』の2冊があるが、そこには自称・ギャンブル記者の手に汗握る半生が生き生きと描かれていると同時に、カジノ巡りを通じた世界の冒険旅行も追体験できる仕掛けが施されている。読んでいただければ、本業の記者や大学教師、翻訳業や原稿執筆をこなしながら、好きな趣味の賭け事の世界を存分に楽しみ、いかに充実した日々を送っていたかが手に取るように分かる。
新書の『世界カジノぎりぎり漫遊記』には世界各地でのカジノ転戦記が描かれているが、第6章の「アジアとオーストラリア」編に出てくるミャンマーやマレーシアなどの東南アジアでのプレーは、当時タイに駐在していた筆者も旅程作成などの後方支援に当たっただけに、Yさんがバンコクを拠点に域内各地のカジノにせっせと足を延ばしていたことを昨日のことのように思い出す。
若い時分に西ドイツに駐在していたころ、休暇を使って遊びに来たYさんと一緒に高級ホテル最上階のカジノに誘われ、生涯に一度だけのプレーを楽しんだが、ビギナーの筆者は全くのお手上げだった。それに引き換え、Yさんは一夜にして西ドイツ休暇旅行の費用を稼ぎ出していたのに驚いた。
Yさんは数年前に他界したが、生前の酒席での自慢話やカジノ本の著作から教訓として引き出せるのは、カジノを楽しむにはそれ相当の見識、腕前、資格が必要ではないかということだ。国会での法案審議を通じたカジノ解禁には、賭け事にのめり込んで自己破産するような人を多数出さないためにも、専門家のさまざまな意見を踏まえた多角的論議が必要であるように思われる。