戦争の影響とデフレ、内憂外患の中国、3中全会で有効な経済政策が打ち出せるのか(下) 日暮高則
戦争の影響とデフレ、内憂外患の中国、3中全会で有効な経済政策が打ち出せるのか(下)
<中国の経済状況>
中国国内経済は今、どうなっているのか。経済ファンダメンタルズ(基礎的条件)を見ると、不動産バブルの崩壊に端を発したデフレ傾向がここ2年ほど続いていたが、今春はちょっと持ち直した感がある。国家統計局が6月17日発表した5月の鉱工業生産は前年比5.6%の増で、4月の6.7%増から減速したものの、5パーセントを超える伸びは低くない。一方、5月の小売売上高も3.7%増と4月の2.3%増からかなりアップした。ロイター通信のアナリストは3.0%増と予想していたが、これを上回った。1ー5月の固定資産投資額は前年同期比4.0%増。これはアナリスト予想(4.2%増)を若干下回ったが、まあまあの数字。ちなみに、1ー4月は4.2%増であり、5月に入っても高水準を維持しているようだ。
税関総署のデータによれば、中国の5月の輸出総額は前年同月比7.6%増の3023億5000万ドルで、2カ月連続で前年実績を上回った。東南アジアで中国製家電や電気自動車(EV)の需要が増えたことが大きな理由とされる。一方、輸入額は前年同月比で1.8%増とわずかなプラスだが、今年4月との比較では8.4%増と驚異的な伸びを示している。経済アナリストは「5月の輸出は前年同月比5.7%増、輸入は4.3%増」と予測していたが、実績で輸入はともかく、輸出は大幅増だ。輸出は景気回復のけん引役として期待されるだけに、当局も一安心といったところであろうか。
雇用市場はどうか。全国調査ベースの5月の失業率は4月と同じ5.0%だった。毎回注目度が高い16ー24歳の若年層失業率は14.7%で、前月の15.3%から幾分改善されたことが明らかになった。中央、地方政府が公共事業プロジェクトを創り、若者をターゲットにした雇用促進策を展開してきたことが奏効したと見られる。昨年6月時点では、この数字が21.3%という過去最悪の高率が示され、デフレ不況の“証左”として世界的に喧伝されたため、当局も以後の発表を控えた。だが、当局は昨年12月になって、大学生で就職待ちの人を失業対象者にカウントしない形の計算方式に変更、14.9%という数字を発表した。それでも高率に違いなく、その後もその高い率を維持している。
国家統計局が5月11日発表した4月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比0.3%の上昇だった。伸び率は3月の0.1%から拡大した。これで3カ月連続のプラスとなり、内需の改善を示す兆候を示した。ロイター通信は、自社の予想(0.2%増)を上回ったと指摘する。あるアナリストは「電力料金の値上げがCPI上昇の要因になった」と分析している。CPIの上昇傾向はデフレを脱却する一つのファクターだ。その一方で、生産者物価指数(PPI)は下落が続いた。前年同期比で2.5%のダウンで、下げ幅は今年3月に比べ0.1ポイント拡大している。生産資材価格は3月比0.2%の減、下げ幅も0.1ポイント下落している。生産レベルでは相変わらず、デフレ状況を脱していない。
これも国家統計局の発表だが、今年5月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.5と、好調、不調判断の境目となる50を3カ月ぶりに下回った。今年1月に49.2、2月に49.1と不調を示したあと、3月に50.8、4月に50.4と上昇傾向に転じていた。が、5月は4月比で0.9ポイントも落ち込んだ。市場では、「3、4月を引き継いで5月のPMIも50を上回る」と見方が多かったが、需要の強さを印象付ける新規受注が前月から1.5ポイント下がったことなどもあって、好景気感をもたらさなかったようだ。
ファンダメンタルズは総じて改善の方向が見られるが、一般大衆はまだその気配を感じられず、不景気感は払拭できないようだ。その悪い印象を与える現象の一つとして、国内の多くの銀行で預金の引き出しができにないことがある。銀行内に大量現金の用意がないのか、あるいは取り付け騒ぎを防ぐために、当局の指示を受けた緩やかな対応なのか。湖北省の「極日新聞」がネット情報として伝えたところによると、ある女性が吉林省の省都長春市で、今年6月12日、銀行カードと身分証明書を携帯して吉林銀行支店を訪れ、10万元程度の預金を引き出そうとしたところ、窓口の職員から「2万元以上の引き出しには警察の許可が必要」と言われたという。河南省平頂山市では、ある女性が叔母から振り込まれた5000元を引き出そうとして銀行側からさまざまな嫌がらせを受けたと言う。
吉林銀行では、預金者はその後引き出せたというが、最初に断られた理由が「電信詐欺を防ぐため、2万元以上の引き出しはできない」ということだった。今、中国でも電信詐欺事件が横行しており、その理由も大いに考えられるが、本当は分からない。以前このコラムでも取り上げた河南省の村鎮銀行では、今年に入っても相変わらず大口引き出しには応じていないようだ。湖南省長沙市の中小企業社長が「数万米ドルが凍結されている」として今年2月、10数人の同様被害者と一緒に省都鄭州市の駅近くで「河南銀行はわれわれの預金を返せ」と声高に叫んだ抗議活動を展開したという。だが、最終的に警察に連行されている。
<バイデン大統領の見方と対応>
中国経済は今一つバブル時代のような好ましい状況になっていないどころか、バブル崩壊によるデフレ傾向が収まっていないのは事実。そのために中国当局は昨年末ごろに、「経済悪化を公言してはならない」「依然光明に満ちていると言え」とのお達しを出した。経済悪化の喧伝は党中央の権威に関わると判断したからであろう。この結果、一般民衆は難を恐れて口をつぐみ、国内、香港のマスメディアは、中国経済についても自由に論評できず、もっぱら光明論のみを開陳するようになっている。しかし、西側はこうした風潮を冷ややかに見ている。バイデン米大統領も米雑誌「タイム」(6月4日発売)とのインタビューで、「中国経済はまさしく崩壊の瀬戸際にある」と、かなり辛辣な言葉を使って現状認識を開陳した。同氏は、単に現在の経済指標を論拠にしているのではなく、人口問題や習近平政権が対外的に力を注いできた広域経済圏構想「一帯一路」の結果などから論じている。
バイデン氏はこの中で、「すべての人は、中国(経済)が強大であると論じるけど、今欧州人口の大多数は若者であるのに比べて中国では老人の数が多い。老人は仕事ができないなら、労働力はどうするの?経済をどう発展させるの?」と疑問を呈し、「一部の人は、中国経済は発展途上にあると言うが、それはデタラメだ」と人口構成の面から経済将来性に疑問を呈した。国家統計局のデータでも、2023年末には中国の60歳以上人口は2億9000万人に達しており、総人口の21.1%を占める。2035年にはこの数は4億人以上となり、総人口の3割を占める。だいたい3億人いると見られる50ー60歳は今後10年で労働市場から出てしまうが、昨年の出生率は過去最低で、総人口は208万人減っているという。労働力の減少トレンドは明らかだ。
バイデン氏は中国の広域経済圏構想「一帯一路」についても、「多くの人をうんざりさせる失敗の構想であった。一帯一路が全世界的に展開され、米国とロシアの国際的影響力に挑戦するものになったと言われるが、そんなことはない」と酷評する。実際、中国は過去10年、友好各国のインフラ建設に融資してきたが、融資を受けた国々は負債額を増やし、返済できない状態におかれている。一部のプロジェクトは中途半端なままで終わっている。このため、「中国は一帯一路で(影響力増加などの)成果を上げられたのか。(融資を受けた)アフリカ諸国がどうなったかを見れば分かることだ。債務の罠にはめただけだ」と述べ、中国の一帯一路による世界的な影響力行使も不十分であったことを強調した。
もちろん、米国側も中国の国際的な影響力を削ぐためにさまざまな手を打ってきた。米政府は2022年10月、素材、化学品、製造装置など半導体製造に関わるさまざまな製品を中国に輸出しないよう国内企業に命じ、同時に日本とオランダにもその輸出規制に加わるよう求めた。これによって、中国は回路線幅14ナノメートル以下の先端品を作る製造装置は入手しにくくなった。今年5月14日には、通商法301条に基づき、中国からのEV、バッテリー、レガシー系(非先端)半導体などの輸入品に高関税を課すことを発表した。これらはWTO(世界貿易機関)違反とも見られかねない措置であり、中国は現にWTOに提訴するとともに、鉱物の輸出禁止などの対抗措置を考えていることを明らかにした。
米国は昨年のG7広島サミットで、BRICSの一員でもあるインドとの関係強化を進めるため、「インド-中東-欧州経済回廊(IMEC)」という構想を打ち出した。これは南アジアから中東を経由して欧州に至る鉄道を造り、船舶用には港湾を整備するという多国間のプロジェクトであり、中国の一帯一路に対抗した構想であることは明らかだ。米下院外交委員会は2023年、「中国の影響力行使に対抗する基金授権法」を批准。これによって、世界で中国の影響力発揮を阻止するために、下院は今後5年間、毎年3億2500万ドルの資金を拠出する権限を持つことになった。米国は、中国がハッキングして米大統領選挙に介入したり、台湾侵攻のために準備に入ったりすることを警戒しており、拠出金はその対抗手段に遣われそうだ。
バイデン氏は「タイム」とのインタビューで、中国の「排外政策」も批判している。これは、反スパイ法の定義や運用があいまいであるために、外国企業、外国人の経済活動に大きな恐怖心を起こし、事業に障害を与えていることを指摘したものである。米系華文ニュースによれば、2023年、投資銀行の「モルガンスタンレー」も国家安全部(省)の捜査を受けたという。こうした中国側の“過剰対応”で、同年、外国企業の対中投資は前年比82%もダウンし、1993年以来最低のレベルになった。バイデン氏は「投資環境が整わない限り、中国に外資が入るのは難しく、衰退を続けるだけだ」と指摘している。
<3中全会はどうなる?>
国際環境、国内経済もまだ厳しい中、中国は7月に「3中全会」を開くという。3中全会というのは、5年ごとの党大会開催の翌年の秋に開かれる中央委員会議であり、その後5年間の政治、経済のマクロ的な方向性を決める重要な会議である。第20回党大会が2022年10月に開かれたので、本来なら昨年秋に開くべきものだったが、開かれなかった。その原因は、外交部長、国防部長、ロケット部隊幹部の急な更迭など政府、軍部に”異常事態”が起こり、党内権力闘争に発展したのではないかとか、デフレが続く中で党中央が有効な対応策を見出し得なかったからではないか-などとさまざまな憶測があった。だがこのほど、半年以上の遅れの開催が決まった以上、党内のごたごたが収まり、経済面では起死回生の策が出てくるのではないかとの期待感もある。
党中央紀律検査委員会は最近、全党員に対し、「3中全会開催を前に党の政策を批判してはならない」と再度釘を刺した。という状況からして、経済再建でまだ十分な対応策が固まっていないとの見方ができる。対応策とは、バブルの“うま味”を先食いしてできた大型債務をどうするかであり、そのための処方箋が必要なのだ。例えば不動産。デベロッパー(開発商)は土地の使用権を地方政府から購入、その後に建設に着手するが、その時点ですでに膨大な金がかかるので、金融機関や金融平台から金を調達する。この住宅が売れなかったり、中途で建築中止になったりしたら、いったいだれが責任を取ってその資金を負担するのか。デベロッパーか、それとも貸し出した金融機関か、中央、地方政府か、あるいは建設前からローン支払いを開始した住宅購入者か。
米系華文ニュースによれば、習近平主席は3中全会で軍隊、農業、司法、住宅建設方面の幹部を一新し、「改革を深化し、中国式の現代化を進めることにある」と話している。だが、具体的に何をするのかは分からない。あるアナリストは「経済問題討議は表看板に過ぎない。経済を理由にして政権をさらに強固にするための人事布石を打つことが習主席の狙い」とも指摘する。3中全会を間近に控えたこの6月、中南海の警備を担当する北京衛戍区の幹部(政治委員)が交代した。これは、習主席が自らの周りを自派の勢力で固めて、党指導部、中南海をガードする態勢をより強化したことを意味する。であれば、一番恐れているのは政変であり、その引き金になるのは一般大衆の反発、暴動だ。7中全会は結局、「経済再生」より「国内安全」に力点がおかれた会議になるのかも知れない。
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