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第323回 手術室での執刀医の会話 伊藤努

第323回 手術室での執刀医の会話 伊藤努

第323回 手術室での執刀医の会話

私事で恐縮だが、最近、自宅近くにある大学病院でそれほど難しくないと思われる手術を受け、1週間ほどの入院生活を送った。この病院で手術を受けるのは過去8年ほどで3回目になるが、「手術慣れ」した余裕もあってか、近年、ますます高度化しつつある大学病院での医療技術の一端を垣間見ることができたので、2回に分けてご紹介したい。まず、手術室編から。

筆者は7年前に、勤務先の春の定期健康診断で、内科医による胸の聴診器検査で「たちの悪い不整脈の恐れがある」と申し渡され、至急、大学病院で心電図などの精密検査を受けるよう指示された。案の定、健診での内科医の見立て通り、心臓で脈を打つための電気信号を送る部位(医学的には洞結節と言う)に不具合があることが検査で分かり、間髪を入れずに右胸部にペースメーカーを埋め込む手術を受けた。

体内に埋め込まれたペースメーカーから2本のリード線が別々の静脈を通じて心臓につながり、脈拍が遅れると、ペースメーカーから人工の電気信号が送られ、脈が停止(心不全)しない仕組みになっている。まさに、私にとっては文字通りの「命綱」と言える小さな機器とそのシステムなのだが、ペースメーカーの機器はリチウム電池で動いているため、電池切れという寿命がある。ちなみに、機器はコンピューターの一種で、1個当たり100万円以上するそうだ。

2008年6月にペースメーカーを体内に装着したので、ちょうど7年後に初代の機器が寿命を迎えたわけである。今回の入院はペースメーカーの交換手術のためだったが、局所麻酔による手術は1時間半ほどだった。前回は初めての手術ということで、局所麻酔に加え、不安を抑えるために睡眠剤を服用したが、今回は局所麻酔だけにしてもらったので、手術の一部始終が手に取るように分かった。

執刀医は循環器内科の中堅女性医師Hさんと、助手役で若い男性医師Mさんの二人だったが、手術が順調に進んだためか、後半に入ると、職場の先輩、後輩同士のようなくだけた会話が交わされ、顔を覆われた厚いフード越しに思わずニヤリとさせられることがたびたびだった。話題は二人の先輩格に当たる同じ診療科の医師のうわさ話から始まり、週末の過ごし方など多岐にわたっていたが、そのうちに循環器内科の医師として何でもこなすことができるゼネラリストを目指すべきか、あるいは難しい手術での腕前が期待されるスペシャリストになるべきかという真面目なテーマに転じていた。

手術台に乗せられ、メスを入れられている患者の身としては、手術中にしなくてもいいような会話にも聞こえたが、女性医師からは時々、「痛くないですか?」「今、やっている処置が何だか分かりますか」などと酸素マスクをさせられた筆者に問い掛けてくるので、手術に集中していることだけは理解できた。

手術室では二人の執刀医以外に、新たに埋め込んだペースメーカーの機能設定をチェックしたり、手術中の血圧、脈拍の変化や大量出血の場合に備えたりする検査技師ら総勢10人ほどの若いスタッフが機敏に動いてくれた。意識がはっきりした状態で手術室を出るとき、「大学病院の手術は野球の試合のチームワークに似ていますね」と話し掛け、執刀医へのお礼の言葉に代えた。
(この項、続く)

 

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