1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 第321回 一人前の記者となったA君の本社への異動 伊藤努

記事・コラム一覧

第321回 一人前の記者となったA君の本社への異動 伊藤努

第321回 一人前の記者となったA君の本社への異動 伊藤努

第321回 一人前の記者となったA君の本社への異動

6年ほど前、マスコミ志望だった大学生のA君に作文の指導をしたことがあったが、そのA君が入社後、5年間の地方勤務を終え、この春の人事異動で本社に戻ってきた。記者になった志望動機が、人口減少や住民の高齢化などで地方が衰退している現実を学生の立場から見ていたこともあってか、地方がそれぞれの特徴や魅力を生かして再び昔のような活力を取り戻すよう、地方の再生を通じて都会との格差を縮めるとともに地域同士の理解につながる報道をしていきたいということだったので、東北と九州の2県での仕事は本人にとっても充実したものだったようだ。今の自民党主導政権もデフレ脱却に向けた経済再生と並んで、地方創生を大きな政策課題に掲げており、A君の関心は現在の政治動向を先取りしたものでもあったわけだ。

地方では駆け出し記者の同君は「必修科目」の事件・事故の警察取材を終えた後、2県の県庁所在地の県政、市政などを担当し、地方自治の実際の仕組みも学んだようだ。地方では入社4年、5年となると、後輩の新人記者に指示を与える「キャップ」という立場の仕事をこなすことを要求され、取材が同僚記者とのチームワークで行われるケースが多いことを体得していく。

マスコミ各社によって多少の違いはあれ、入社4~5年の駆け出し期間を経験し、一応、一人前の記者というお墨付きを得て本社の取材部門への異動となる。A君が順調な階段を上っていることが今回の人事からうかがえ、筆者にとってもうれしいことだ。本社への異動後のある一夕、酒食を共にする機会があり、地方でのさまざまな体験談を聞いた。

その中で印象に残ったのは、それぞれの地方で継承されている伝統行事や祭りの取材と、人口の減少によって児童・生徒数の減った過疎地の学校閉鎖・統合などの教育の取材だった。東京など大都会に住んでいると、祭りや伝統行事といっても、実際に関わる人はごく一部の人で、大多数がイベントに参加するという感覚だろうが、地方では先祖代々続いてきた地域ごとの神楽や歌舞伎などの昔ながらの行事が地元住民によって受け継がれていることに、精神的豊かさや住民同士の深いつながりを感じたという。

教育の取材では、山間地の小中学校を廃校にしないために都会の子供の山村留学の取り組みや、全日制ではなく夜間の定時制高校の教師と生徒たちの関わりを取材し、受験競争などとは違う底辺の子供たちに教育の光を当てる重要性を学んだという。

死に追いやった幼いわが子への虐待、交通事故で障害を持った女性の社会復帰、シイタケ栽培で村の産業振興に一役買う農家……。A君から聞いた取材経験を通じ、日本各地にさまざまな問題があるのが改めて分かると同時に、話の中に未来の可能性につながるヒントが隠されていることも感じた。A君の今後の一層の取材に大いに期待したい。

 

タグ

全部見る