第325回 医療現場で進むコンピューターの活用 伊藤努

第325回 医療現場で進むコンピューターの活用
久しぶりに自宅近くの都内多摩地域の大学病院に入院して改めて知ったのは医療現場にも普及している電子カルテなどのIT(情報技術)の驚くべき進化だ。3カ月に1度の外来診療のときも薄々、医療現場でのコンピューター活用の進展具合については垣間見ていたが、今回、不整脈治療の一環としてペースメーカーの2度目の埋め込み手術(交換手術)に伴う1週間の入院生活で分かったのは、病棟の看護師さん(循環器内科病棟は2班編成で総勢30人)が自分専用のパソコンを各自が持っていて、病室での検温や血圧の測定値をそのたびにパソコンに打ち込んでいたことだ。この大学病院には計1500人の職員が働いているというが、別棟の外科病棟、内科病棟、婦人科病棟などでもIT機器の導入は同様であろう。
もちろん、手術の前後に受ける血液検査や心電図、レントゲン撮影などの検査数値も、結果が判明すると主治医のパソコンに瞬時に送信され、患者の電子カルテにすべて記録されていく。夜勤の看護師さんが深夜の病室で測定した血圧の数値も、早朝の主治医の患者巡回の際に「伊藤さん、未明は血圧の数値が異常に高かったですね」などと声を掛けられたので、医師は病院の診療科で共有する筆者の電子カルテを見て、数時間前の測定値を知ったのであろう。
7年前の入院時には、看護師一人ひとりがパソコンを携行して患者の検査数値などをその場で入力することはしていなかったので、親しくなったベテランの看護師に聞くと、約3年前に本格的導入を開始し、医療業務に従事する職員全員がコンピューター活用のための研修や訓練を受けて現在に至っているとのことだった。
20年ほど前、筆者の父が別の大病院で手術入院した際には、病棟の廊下・通路の天井に自動運搬用のプラスティック製パイプが張り巡らされ、患者名や検査数値を記録した用紙が小さな小筒に入れられてそのパイプを通じて運ばれているのを目にしたことがある。いかにもアナログ的な人間味あるパイプの運搬通路だが、それが現在はコンピューターによる医療情報の送信、電子カルテ作成に大きく進化したわけである。
1週間の入院を終え、退院する際に病棟の看護師の責任者から退院後の生活上の注意点などの説明を受けたが、そのときに手渡されたのが、筆者の右胸に埋め込まれたペースメーカーの稼働状況を自宅でモニターする「トランスミッター」(送信機)と呼ばれるティッシュペーパーの箱大の機器だった。電源を入れ、自宅のベッドから2~3メートル離して埋め込まれたペースメーカーに向けて置けば、稼働状況が睡眠時は常時モニターされ、大学病院内にある不整脈センターの大型コンピューターに送信される仕組みだ。心臓の鼓動や脈拍に異常があれば、主治医が使用している患者の電子カルテにも送信され、異常の早期発見、早期治療に役立つというわけだ。
今回の入院に際しては、4月に研修医になったばかりの男性医師の卵と、看護学科を卒業して国家試験に合格し、病棟勤務に就いて間もない若い女性看護師の世話になった。いかにも好青年という医師の卵のS君は手術前に筆者の病歴や生活習慣病を詳しく質問し、不整脈との関連について調べていた。点滴の管を筆者の右腕に留置する際、静脈になかなか差し込むことができず、先輩医師の助けを求めていた。20歳を過ぎたばかりの女性看護師は血圧測定で異常に高い数値が出たので、先輩の看護師に慌てて聞きに行っていた。医療はもちろん、科学技術だけではない医療従事者という人間の力も欠かせない。