第121回 日本食ブームに水差す風評被害 伊藤努

第121回 日本食ブームに水差す風評被害
以前、東南アジアに駐在し、仕事で飛び回っていた頃は、「体調の維持」を名目に昼食や夕食はかなり割高な日本食レストランによく世話になっていた。こうした食事処には、大方の日本人サラリーマンの味方であるラーメン店なども含まれる。海外駐在員たる者は、現地の衣食住や習慣・伝統に溶け込むため、むしろ地元の料理や食事を積極的に取るようアドバイスする上司もいたし、同業の特派員諸氏の多くは、おいしくて値段も安い地元料理を好んで食べていた。
当時の筆者の食生活はその意味で少数派だったわけだが、普段から食べ慣れている食事の方が体調の維持にはいいと信じ込んでいたので、食習慣を変えることはなかった。
外国の出張先でも同じ行動パターンを取るため、知り合いの同業者の間ではいつの頃からか、「東南アジア各地の日本レストランに詳しいIさん」といったニックネームを付けられるようにもなった。そんな経験を持つ筆者にとって誠に残念で遺憾に思うのは、福島原発事故に伴う放射性物質の大量飛散で日本の農産品や水産物が放射能に汚染されているといった風評がアジア諸国など海外にもあっという間に広まり、日本食レストランの客足が極端に落ちてしまったという一連の報道である。

ベトナム・ハノイにある庶民向けの食堂(梶川知子撮影)
タイの首都バンコクで常連客となっていた居酒屋やすし店では、もちろん刺身、握りずしも食べることができたが、イカやアジといった食材はタイの近海で獲れるので、新鮮でおいしく、かつ値段もびっくりするほど安い。これに対し、東京の築地市場から取り寄せなければ品揃えができない食材は、輸送コストも上乗せされるので、当然高くなる。
健康にもいいということでアジア各国の人たちの間で人気が高まり始めていた日本食ブームが、突然降ってわいた風評被害で水を差された。海外での風評被害を一掃するため、政府の取り組みはもちろんのこと、業界レベル、国民レベルでも日本国内での風評をまず断固抑えることが何より重要だ。