第83回 中国の少数民族と言語 伊藤努

第83回 中国の少数民族と言語
毎年の夏休みを利用して関西にある大学の大学院で「メディアと異文化理解」をテーマとした集中講義を行っているが、中国や韓国などからの留学生も何人か必ず受講する。一連のテーマに沿って筆者が話をする一方で、時には留学生の出身国の事情を紹介してもらい、興味深い話題は日本人の院生を交えて議論することもしばしばだ。今年夏の集中講義では、中国の朝鮮族出身と内モンゴル出身の女子学生がいたが、彼女らの話から、中国国内の少数民族が居住する自治区や自治州では、ともに自分たちの民族の言語を勉強する機会が徐々に奪われ、中国語(漢語)の学習を半ば強制されている実情が紹介された。
中国の言語事情や少数民族政策には疎い筆者にとってはちょっとした驚きだったが、近年、チベット自治区や新疆ウイグル自治区で相次いで起きた民族暴動の背景には、中国の支配民族である漢族の経済的進出に伴う地元の少数民族との文化摩擦もあるとされるだけに、各地の少数民族の間で静かに進む中国語学習の強制化はこうした摩擦を強める一因になっているのかもしれない。
祖父が朝鮮半島出身という中国系朝鮮族のRさんは集中講義での質疑応答の際、多くの少数民族地域でそれぞれの民族語の後退現象が目立つようになった理由について、共産党指導部が進める民族融合による異民族間の結婚の増加や、共通語としての漢語の普及により、家庭内での漢語の使用頻度が高まってきた点を指摘。その上で、朝鮮族を含む民族学校の言語教育方針の変化、端的に言えば、民族教育での漢語化が進んでいることを自らの体験を基に話してくれた。
この発言に内モンゴル出身の女子学生、Cさんもすぐ呼応し、中国の清朝以来続く現在の外モンゴル(モンゴル国)と内モンゴルに対する厳しい統治と支配の歴史を語り、今も中国領土に組み込まれた内モンゴルでの民族教育の漢語化の影響を、やはり自らの見聞を基に紹介した。
今年受講した留学生に限らないが、中国を含むアジア各地からやって来る学生たちの大学院での研究テーマは、自ら属する民族のアイデンティティーを確認しようと、歴史をさかのぼって民族の歴史や事物を研究するものが多いことに気づく。政治的配慮から、自国内ではなかなか研究できない事情もあるようだ。
国内のほぼすべての地域で日本語が通じるためもあって、一般の日本人が生活していく上で特に感じることもない民族としての自覚。支配と被支配が日常となっている多くの多民族国家や、民族が混在する地域で生きる人々とは随分違うことを改めて知る。