第75回 香港の山の案内書「香港アルプス」 伊藤努

第75回 香港の山の案内書「香港アルプス」
香港には何度か仕事の出張で訪れたことがあるが、ビクトリア・ハーバーの両岸に高層ビルがそびえる現代的なビジネス都市としての印象が強い。路面電車が走る中心街を歩きながら上を見上げると、深い渓谷のようなビルの谷間にいる錯覚に陥り、もし大きな地震でも起きたら、ベランダなどに置かれている物が次々に落下してきて路上の歩行者を直撃するのでは、などと想像を巡らし、一人背筋がゾクッとしたものだ。
世界地図で見ると、香港は広大な中国本土に対して、小さな点で済んでしまうような都会だ。このため、狭い地域に多くの人々が密集して暮らしているとの印象を長くぬぐえないでいた。
やや旧聞だが、2カ月ほど前に都内であった「緑あふれる香港のもう一つの顔」と銘打ったセミナーに招待され、わが身の不明を恥じることになった。そのセミナーで香港特別区政府の環境長官も話していたが、実は香港の総面積1100平方キロのうち、約7割が美しい山や丘、砂浜が広がる田園地帯であり、約4割は日本の国立公園のような「カントリーパーク」だという。中でも特筆すべきは、5000ヘクタールの広さを誇り、8つの地質景観区からなる「香港ナショナルジオパーク」(地質公園)の存在で、遠い昔の火山噴火によって生み出された六角石柱の壮大な景観を見ることができる。

香港の山の案内書
長く英国の植民地だった香港は、庭園づくりが得意な英国人が何代にもわたり山や丘に手を入れて緑を増やしてきた経緯があるそうだが、そうした香港の自然に魅せられたのが航空会社の駐在員として計6年住んでいた金子晴彦氏だ。大学時代に山岳部に所属していた金子氏は、ネパールやチベットなどの高山にも登った山男だが、香港の自然に格別の愛着を持つようになり、このほど香港の山のガイドブック「香港アルプス」という本を出版した。カラーの写真と説明の文章が半々といった体裁の同著は、香港の自然のすばらしさを余すところなく紹介している。近く、中国語訳の翻訳書も出版されるということで、日本人だけでなく、地元の香港市民や中国本土の人々にも魅力が伝わり、香港の自然を満喫するようになればいいと話していた。香港の山はさして高くはないが、「アルプス」のようにすばらしいという意味が込められているのだろう。