第464回 自由度の高いタイ社会 直井謙二

第464回 自由度の高いタイ社会
2年ほど前、相模原市で起きた障害者施設での殺人事件は社会に大きな衝撃を与えた。各地の障害者用の施設では防犯カメラを設置するなどの対策に追われた。また、目の不自由な障害者が電車のホームから転落する事故が続き鉄道会社はホームドアの設置を急いでいる。
ハード面での障害者対策が進む一方でソフト面の対策は日本の固い社会構造の影響を受け、なかなか進まない。個人主義的な生活習慣が根付いたタイ社会では徒党を組まずどんな人でも受け入れやすい素地がある。タイには日本人退職者や若者などをはじめ多数の外国人が住み着いている。外国人観光客や定住者が多いのは、外国人が差別されることがない証拠だ。
外国人ばかりでなく男女の差別が少ないのもタイの特徴だ。タイなど東南アジアでは女性の社会進出が日本より進み性的マイノリティにも壁がないことはすでに書いた。(第314回 東南アジアにおける女性の社会進出)最近自民党の女性議員がLGBTは非生産的だと発言し問題となっているが、儒教の影響のないタイでは考えられないことだ。
自らバイク修理工場を営み病気がちの親と甥を養い、将来ローンで自宅を新築する夢を持つ障害者を中部タイのスパンブリで取材した。工場主の名はコントンさん。若いころコントンさんは両腕を事故で失った。事故直後は自信を失い、近くの寺に引きこもり社会に出ようとする気もなかったという。そんなコントンさんを変えたのはバイクの修理技術だった。スパンブリにも多くのバイクが走り、中には家族全員や友人などと3人乗りする光景が見られる。
コントンさんの工場はスパンブリの郊外にあり看板すらない粗末なものだ。足だけでペンチやドライバーなどの工具を操り健常者同様、パンク修理やエンジン調整など器用にこなす。(写真)確かな修理技術と人柄にひかれ、お得意も多くいる。取材中も近所の中年の女性がパンク修理を頼みに来た。

その女性は身体的な問題を乗り越え家族を養うコントンさんは街の誇りだと話す。それでもコントンさんの月収は1,500バーツ日本円で5,000円程度だ。整備用の備品などを買い置く余裕がなく、修理のたびにバイクに乗って町に買いに出る。足だけで器用にバイクを運転し、店の主人に部品の入った袋を首にぶら下げてもらい自宅に帰る。学校から帰った小学生の甥は将来コントンさんの工場を継ぐと目を輝かせていた。
健常者と変わりなく自然に対応する柔軟な社会は身障者にも居心地がいいはずだ。
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