第456回 タイのプミポン国王取材の思い出 直井謙二

第456回 タイのプミポン国王取材の思い出
ラマ9世、プミポン国王が死去してからおよそ1年後の去年10月、王宮前広場で日本の秋篠宮など各国の要人も参列して葬儀が行われた。葬儀から3か月後の今年1月に首都バンコクを訪れたが、街あちこちに飾られていたプミポン国王の肖像画がラマ10世のワチラーロンコーン新国王に架け替えられていた。タイ人に敬愛されていたプミポン国王は人々の心の中にはとどまっていると思う反面、前国王の肖像画が全くなくなった街に驚きを感じた。
9年間のタイ滞在中に何度かプミポン国王を取材した。日本が寄贈した文化センターの杮落しの式典で見せた国王の気遣いについてはすでに書いた。(アジアの昨今・未来 第274回混迷するタイで期待される国王)もう一つ国民に敬愛される国王を目の当たりにしたのが80年代末に行われたロイヤルバージ(王室御座船)だ。
古式ゆかしく200艘を越える船がチャオプラヤ川を下り、ワットアルンに向かう。(写真)王室御座船には正装の国王が乗り込み参拝する。数年に一度の儀式で外国人記者も正装することが義務付けられた。普段の取材はポロシャツかサファリスーツだが背広を着てネクタイを締めワットアルンに近い取材席に陣取った。

儀式が始まっても肝心の王室御座船はなかなか来ない。古式ゆかしい服装に身を固めた兵士や御付きの人が乗った船はゆっくりと通り過ぎ2時間が経過した。照りつける太陽の熱を黒い背広が吸収し猛烈な暑さだ。川の両岸を埋めつくしたタイ人もじっと王室御座船が来るのを待ち受けている。
突然、対岸で大騒ぎが始まった。あまりに大勢の見物人が古い艀に乗ったため艀が壊れ多数の人が川に投げ出された。泳げない人もいるようで救助活動が始まり、幸いけが人は出なかった。プミポン国王に寄せるタイ国民の敬愛の念が現れた騒ぎだ。
ようやく王室御座船がワットアルンに到着、プミポン国王の姿は垣間見えただけだった。取材を終え支局に帰る途中気分が悪くなった。喉が痛くなり熱もあるようなので病院を訪ねた。タイ人の医者は風邪をひいたと診断した。猛烈な暑さの中風邪をひくはずがないと思ったが、付き添ってくれたタイ人の助手によれば暑くて風邪をひくケースはあるという。日本では熱中症と呼ばれるが、ひどい暑さで体温調節機能が働かなくなったようだ。
歴史や過去にとらわれないタイの国民性もあるが、葬儀直後にラマ9世の肖像画が街角からすっかり姿を消したことに寂しさを感じた。
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