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第455回 地球規模の課題解決の決め手は「クモの糸」? 伊藤努

第455回 地球規模の課題解決の決め手は「クモの糸」? 伊藤努

第455回 地球規模の課題解決の決め手は「クモの糸」?

やや少し前のことになるが、社会人の大先輩のHさんに誘われて名門クラブの午餐会の講演会に同席させていただく機会があった。講演のタイトルは「タンパク質を使いこなす」と聞かされていたが、この題名を聞いて講演内容をずばり言い当てるのは至難の業ではないか。筆者は外国語学部出身の全くの文系人間だが、理系出身でバイオテクノロジー(生物工学)に詳しい人なら、あるいは「ピン」とくるかもしれない。筆者はこの講演のタイトルを聞いて、タンパク質は生命維持に不可欠な栄養素という発想から、健康問題に関する専門家の話かなと想像して都心一等地にあるクラブの大ホールに駆けつけた。

前置きはそれくらいにしてタネ明かしをすれば、「タンパク質を使いこなす」とは、バイオとITの最先端技術を駆使しながら、現在の石油化学製品に代わる「環境にやさしく、持続可能な新素材」をタンパク質の特性を最大限に活用して開発・製造し、将来的にはさまざまな産業分野で製品化していこうとする極めて野心的な先端技術開発の最前線の現場報告だったのである。

講演を聞きながら、もう一つ驚かされたのが、タンパク質に由来する新素材開発の中核となる研究対象が、昆虫のクモなのである。より正確には、強靭性と伸縮性に優れた「クモの糸」で、クモの糸と同じ特性を持つ新素材をいかに大量かつ安価に提供できるようにするかというのが最大の研究・開発テーマになっているというのだ。昆虫にそれほど関心がない人でも、クモがお尻の部位から極めて細い糸をはき出し、網状のわなを巧みに作って、エサとなるチョウやガといった小さな虫たちを捕獲していることはご存知だろうが、あの細い糸はクモが数億年もかけた進化の上に勝ち取った生命維持装置なのだ。

こうした興味深い最先端技術の開発現場を報告してくれた講演者は、山形県鶴岡市に研究拠点を構えるスパイバー社の経営責任者でバイオ分野などの研究者でもある関山和秀氏だ。まだ35歳の若さで、国内外の研究者集団200人近くを束ねる起業家の顔も併せ持つ。ちなみに、毎月、さまざまな分野の専門家や政策責任者らを招いてこうした講演会を開催しているこの名門クラブで、35歳の若者が講演したのはクラブ始まって以来のことだそうで、関山さんがいかに時代の寵児であるかの証しでもある。

関山さんがなぜ、この分野に飛び込んでいったのか。その初志もすこぶる高く、野心的である。何でも、高校時代に地球に生きるわれわれ人類が抱えるエネルギーや食糧、気候変動といった環境問題などの地球規模の課題を解決する研究の道を志したいと思い、慶応大学でこの分野で成果を上げつつあった富田勝研究室の門をたたいたのだという。

クラブの大ホールの会場で講演を聞いていた方々の大半が高齢のクラブ会員で、関山さんの口から次々と出てくる最先端技術分野の専門用語や研究開発の現状に付いていこうと懸命の様子だったが、パソコンを使った映像画面による説明もあり、講演内容を何とか理解することができた。誤解を避けるため、講演の詳しい内容紹介は省かせていただくが、クモの糸と同じ特性を持つ新素材の開発のためには、利用できるクモのDNAを抽出し、タンパク質の成分であるアミノ酸との合成など無限大の組み合わせの実験を行いながらデータベースを作成しているという。クモが何億年もかけて進化させてきた7種類ある糸の特性を関山さんらのチームは最先端技術を駆使して数年間で人工的に作ろうとしているのである。そして、その画期的な成果を市場に提供することができれば、人類が直面する地球規模のさまざまな難題も解決の糸口を見つけることができるはずである。

 

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