1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 中国は海洋大国を目指す?(中) 戸張東夫

記事・コラム一覧

中国は海洋大国を目指す?(中) 戸張東夫

中国は海洋大国を目指す?(中) 戸張東夫

<中国公船が日本漁船を執拗に追尾>

アジア太平洋地域の中国の主要な任務の一つは我が国の尖閣諸島と台湾の周辺海域に中国当局の船舶(中国公船とも)や空軍機、軍艦船を送り込み政治的なデモンストレーションを実施することである。尖閣諸島の領有権を主張したり、台湾に政治的シグナルを送ったりするのである。時には領海、領空侵犯もおこり、それに対して相手側が軍事力で応じることもあるから、危険な任務といわねばならない。ただ現場は遠く、直接目撃することはできないし、めったに映像を見ることもできないから、一般にはあまり知られていない。したがって危機感が共有されることもない。だがむき出しの軍事力がぶつかり合う、一つ間違えば武力衝突といったことになりかねない現場なのである。

いま日中間で議論になっているのは尖閣諸島沖で最近起こった中国公船による日本漁船追尾事件である。新聞報道によると事件の概要は次のようなものである。

尖閣周辺を航行中の中国公船4隻が8日午後4時ごろから相次ぎ領海に侵入した。そのうち2隻が与那国島の漁船「瑞宝丸」に接近して追尾したため、「瑞宝丸」は海保の指示でいったん領海の外にでた。その後日本政府はいくつかのルートで中国側に抗議した。しかし「瑞宝丸」が領海に戻ると再び中国公船が姿を現し9日から2日間にわたって領海内で追尾、監視を続けた。電光掲示板で「瑞宝丸」に退去を命じ、約30メートルまで接近することもあったという(『産経新聞』2020.5.25)。特異”な事件なので両国政府が非難の応酬を続けている。『読売新聞』(2020.4.26)によると(2020年)1―3月の中国公船による尖閣諸島周辺の接続水域(領海の外側約22キロ)内の水域への侵入は289隻と前年同期比で7%増えたという。中国からやってくるのは公船だけではない。同じ『読売新聞』は「今月(2020.4.11)には、中国の空母「遼寧」とミサイル駆逐艦など計6隻が沖縄本島と宮古島の間を南下して太平洋に入り、南シナ海にも回って訓練を実施した」と報じている。

<台湾には戦闘機や輸送機で圧力をかける>

もっとも台湾に対しては一段と厳しい姿勢で臨んでいる。軍用機を動員してデモンストレーションしているのである。あるいは軍事的圧力とか挑発というべきかもしれない。時には台湾防空識別圏(防衛のため領空の外側に設定している空域)近くで中国空軍機が訓練を行うときもあるのだという。台湾と中国とはまだ内戦状態だという認識なのであろう。台北特派員の記事を一つ紹介してみよう。飛来した中国軍機に関する短い記事だが、簡潔で緊張感が伝わってくるようだ。

見出しは「台湾に3日連続中国軍機が接近」「台湾の国防部(国防省)によると、中国軍の戦闘機や輸送機が、16日から18日まで、3日連続で台湾南西空域の防空識別圏に入った。中国軍機の接近は、今月だけで既に5回に上っており、異例の事態といえる。国防部発表では、18日午前、戦闘機「殲(J)10」「殲11」が防空識別圏に進入した。 17日は輸送機「運8」や「殲10」など、16日は「殲10」が入っている。9日にスホイ30戦闘機多数、12日には「運8」が同じ空域に進入していた。今年1―5月に中国軍機が台湾に接近したのは計7回で、最近は頻度が増している。中国はこうした活動の常態化を図っている模様だ。」(『読売新聞』2020.6.19)というものでこれ以上の説明は無用であろう。これに対して台湾側も軍用機で対応するのであろうからやはり一触即発の状況になりかねまい。台湾をバックアップする狙いで米海軍の艦艇や米軍機が台湾海峡や台湾周辺空域でデモンストレーションを続けていることは言うまでもない。

6月初めに中国国内で中国軍による台湾攻撃を想定した訓練が複数回実施されたらしい。2期目の任期に入った台湾の蔡英文総統に圧力をかけるのが狙いだという。

<蔡英文台湾総統は「一つの中国」を認めない>

蔡さんは2016年の総統選挙に独立志向の強い民進党から出馬して初当選して台湾初の女性総統となった。だが中国が求める「中国は一つ」という原則を認めなかったことから中国側が蔡さんとの対話を拒否している。その蔡さんが今年(2020年)1月の総統選で史上最多の約817万票を獲得して圧勝した。香港で昨年6月から中国政府と香港当局に抗議するデモが展開されているが、それを連日テレビで見ながら“今日の香港は明日の台湾”と反中国意識を強めていた台湾の若い世代の支持が大きかったのだという。蔡さんは5月20日の就任演説で中国が受け入れられないのを承知の上で「(台湾海峡の)対岸と対話を行いたい」と呼びかけ、その条件として「和平、対等、民主、対話」という立場を表明した。これでは中国としても付け入る隙が無い。こういう総統に圧力をかけるのは難しい。

<国民党も中国離れ?>

ちょっと横道にそれるが、ここで総統選に敗れた国民党の韓国瑜候補についていささか触れておきたい。今回の総統選挙で中国が一番ショックを受けたのは国民党の韓国瑜氏が落選したことであろう。韓氏は中台融和が持論であるばかりか、2年前の統一地方選で庶民派として人気を集め、高雄市長に当選した。中国はこの人物は利用できると踏んだのであろう、今回の総統選挙でも韓さんを積極的に支持、応援した。ところが韓さんが落選しただけでなく、これを機に国民党内に従来の対中融和路線を変えるべきだという議論が強まってきた。

中国としてはあぶはち取らずで、とんだ計算違いだったということになる。韓さんには後日談がある。ついでに触れておこう。韓さんは実は高雄市長の身分で総統選挙に臨んだのである。高雄市長就任直後に総統選出馬を決め、投票前の3か月間は休暇をとって選挙運動をおこなった。落選後職務に復帰したが、市民団体が「無責任で、信用できない」として解職を請求、投票の結果解職が決まった。リコールで市長が解職されるのは台湾では初めて。台湾の民主主義が健全に発展していることを印象づけた。



《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》前回  
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》次回
《チャイナエ クスペリエンス 戸張東夫》の記事一覧

タグ

全部見る