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第547回 「おもちゃの刀」も犯罪に―警察の事情聴取を体験して 伊藤努

第547回 「おもちゃの刀」も犯罪に―警察の事情聴取を体験して 伊藤努

第547回 「おもちゃの刀」も犯罪に―警察の事情聴取を体験して

これまで国内外で長い社会人人生を送ってきたが、最近、予期もしなかった出来事に遭遇したので、読者の方々の反応も恐れながら、ご参考に供するという観点から紹介させていただきたい

早春のある晴れた日、いつものように、朝方は旧職場向けの翻訳の仕事を片付け、ひと段落したので、マイカーで昼食をということで、行きつけの長崎チャンポンの店に駐車したところ、警ら中のパトカーの若い2人の警官から呼び止められた。何でも、車の後部荷物席に置きっぱなしにしていた元演劇志望の次女の下宿からの引っ越しの際に、預かったというか、思い出の品ということでそのまま積んでいたおもちゃ(と父親はすっかり信じ込んでいた)の小道具(脇差)が不審物ということで、この地域のM警察署に任意同行を求められた。急な展開に驚いたが、パトカーの若い警官が「念のための事情聴取」と言ってくれたので、こちらも覚悟が決まった。連絡を受けたM警察署の担当係官もパトカーで駆け付け、駐車場に止めてあったマイカーに積んである問題のおもちゃの日本刀をさかんに撮影していた。

M警察署の取り調べ室では、当方の証言と次女への電話でのブツの旧持ち主の証言が「一致」したので、結果的に念書を書かされて無罪放免となった。蛇足ながら、M警察署での事情聴取は数年前の当方の同じマイカー盗難以来2回目だが、前回は被害者で、容疑者ではなかった。しかし、今回は容疑者・参考人扱いということで、M警察署では家族関係も厳しく聞かれた。

何でも、パトカーの警官や警察署の怖そうな生活安全課の責任者によると、当方がおもちゃとばかり思っていた脇差の外観は第三者には日本刀に見え、警察独自の検査でも「模造刀」に当たり、むやみに持ち歩いてはならないと繰り返し注意を受けた。近年は高速道路でのあおり運転などに備え、護身用の刃物を車に置いておくドライバーも少なくないとかで、そんなことで取り締まりを強化しているといった説明を何度も受けた。

取り調べ室では怖そうな署の担当責任者から厳しいお小言を頂戴し、当方の「おもちゃの刀論」は一笑に付されたが、ここで抵抗するのは大人げないと思い、聞きおくだけとしたものの、内心では見解、認識の差は埋まらなかったというのが正直な感想だ。しかし、模造刀、模造銃という法律上の概念があることは認識しておきたい。

このような愚かな体験の紹介となったが、世の中の勉強ということで珍しい経験をしたとは思っている。当方の事情聴取には計6~7人の刑事や警官が数時間付き合ったが、「このようなことで……」と気の毒そうに思ってくれる若い警官も数人いたことも付記しておきたい。もっと重要な刑事事件の捜査もあるだろうに、というのは部外者の勝手な思いか。

恥を忍んで今回のささやかな体験を披露させていただいたが、当方の認識不足が警察署での事情聴取に至ったことは紛れもない事実で、その点は反省している。昨年来の新型コロナ禍で、外出規制に絡んで処罰の是非に絡む議論も起きている が、自らの行動には己の知らぬ法律の網がかかっていることを常識の中でわきまえておく必要性を感じた。そして、自らの「失態」を棚に上げて言うのも若干はばかれるが、国権の最高機関の国会では政権側がさまざまな重大な不手際(首相 の子息の総務省幹部の接待疑惑などなど)にきちんとした説明を避けている。M 警察署の捜査担当官には、あの厳しい声を現在の国の政治のおかしさにも向けて もらいたいと、八つ当たり気味の空想が脳裏をよぎった。まさに、それは法治主 義という原則である。

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