なぜ中国はいま「新型軍国主義」と日本を呼ぶのか-言葉が先行する中国政治の論理- 加茂具樹
なぜ中国はいま「新型軍国主義」と日本を呼ぶのか 言葉が先行する中国政治の論理
加茂具樹 慶應義塾大学総合政策学部教授
近年、中国の対日言説には微妙な変化が見られる。日本の防衛政策や台湾情勢をめぐる動きを批判する際、従来用いられてきた「右傾化」や「歴史問題」といった枠組みを超えた、より強い語彙が選ばれはじめている。その象徴が、最近、『人民日報』に掲載される「鐘声」署名記事である[注i]。そこでは、日本を批判する言葉として「新型軍国主義」という表現が用いられている。
この言葉自体は、中国国内の報道や学術コミュニティにおいて、近年すでに散発的に使われてきたものであり、まったく新しい概念ではない。だが注目すべきなのは、それが中国共産党の公式機関紙であり、かつ最も格式の高い国際時事評論とされる「鐘声」署名記事のなかで用いられた点にある。これまで同署名記事は、中国指導部の対外政策の方向性や、その変化を示唆するシグナルとして、国内外で注意深く読まれてきた。
では、なぜこのタイミングで「新型軍国主義」という言葉が選ばれたのか。それは単なる対日批判の激化なのか。それとも、中国が日本を位置づける認識の枠組みそのものに変化が生じつつあることを意味しているのだろうか。この問いに答えるためには、中国政治において言葉が果たしてきた役割そのものに目を向ける必要がある。
言葉と政治
中国指導部が対外関係で用いる言葉は、単なる外交的レトリックではない。また相手国の行為への反応という理解は十分ではない。むしろ中国政治において言葉は、国際社会のなかで自らをいかなる存在として位置付け、どのような秩序を守る主体であるのかを示すための重要な手段となっている。対外言説が形づくるのは、「自分たちは何者であり、何を正当な行為とみなすのか」という自己理解の枠組みである。
こうした自己理解が揺らぐとき、指導部は強い不安を抱き、その修復のために言葉の選択を変化させる。その意味で対外言説は、単なる説明や批判ではなく、自己の物語的一貫性を保つための政治的装置として機能してきた。
国際政治学では、こうした不安とその管理のあり方を「存在論的安全」(ontological security)と呼ぶことがある。要するにそれは、「自分たちは正義の側に立ち、秩序を守る存在である」という物語が崩れないこと自体を、安全保障の一部として重視する考え方である。問題となるのは用語そのものよりも、言葉が秩序認識と行動の正当化を結びつける役割を果たしている点にある。そのため中国にとって対外関係とは、国家間関係における単なる利害調整ではなく、「自分たちは何者か」という物語をめぐる政治でもある。
1月9日付の『人民日報』は、「鐘声」による署名記事を掲載した[注ii]。注目すべきは、その中で、日本を批判するために「新型軍国主義」という言葉が用いられた点である。近年、とくに昨年11月以来、中国国内の報道や学術コミュニティにおいて、「新軍国主義」や「軍国主義の復辟」といった言葉が提起されてきた。そうであるがゆえに、「新軍国主義」という言葉自体は目新しいものではない。ただし『人民日報』が掲載する「鐘声」署名の記事は、同紙における最も格式の高い国際時事評論と認識されている。これまで同署名記事は、指導部の政策転換を示唆する評論記事として注目されてきた。同署名記事が、「新軍国主義」という言葉を使用したのは初めてのことだった。
「鐘声」が語る「新型軍国主義」の新型が意味するところは、「日本は歴史の反省を終えないまま、最新の武器と新しい法律を手に入れ、再び他国の内政(台湾)に武力で干渉しようとしている」ことにある。中国側は、現在の日本の動きを単なる「右傾化」の一言で片付けず、かつての軍国主義の性質を受け継ぎながら、現代的な手法で武装した「新しい段階の脅威」として定義している。こうして、「新型軍国主義」という語は、単なる批判用語ではなく、戦後国際秩序に対する公然の挑戦者として日本を再定義する政治的レッテルである。この定義を踏まえると、中国側が今後、日本に対して「戦後秩序を守るための正当な防衛」として、より厳しい対抗措置をとる理論構成が整いつつあると見ることができる。
「鐘声」署名記事の意味
「鐘声」署名記事が政策転換のシグナリングの役割を担っていることを示す、わかりやすい事例がある。2021年4月に日本政府が決定した福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水(ALPS処理水)の処分に関する、中国指導部の政策転換である。このALPS処理水の処分に対する評価の転換を「鐘声」署名記事を通じて確認できる。
2021年4月18日の『人民日報』は「鐘声」署名記事を掲載した[注iii]。「良知はまだ残っているのか」と題する記事は、非常に厳しい語調で日本の決定について、批判的評論を展開した。この記事以前の『人民日報』は、「ALPS処理水」を「核廃水」と「核汚染水」の両方の表現で報じていた。興味深いことは、原則的に「核汚染水」を使用するとき、それは第三者の発言の引用に留まり、同紙の言説として位置付けてはいなかった、ということである。例えば、4月16日付の記事では、見出しは「核廃水」であり、「核汚染水」は本文において引用文脈に限定していた[注iv]。同日の中国外交部が在中国の日本国大使に抗議をしたことを報じた記事も「核廃水」を選択していた[注v]。この語彙選択が、上記の「鐘声」記事が掲載された4月18日以降、転換したのである。すなわち中国外交部の「ALPS処理水」に関する語彙選択は「核汚染水」となった。『人民日報』に掲載される記事の題名において、「核廃水」という表現はなくなる。そして外交部は、4月19日の定例記者会見から報道官は「核汚染水」へと切り替えたのである[注ⅵ]。こうして中国の情報発信は、客観的事実の発信から、主観的な政治的価値付けへと転換した、と言ってよい。「鐘声」は、中国政府のナラティブを形成し、拡散させる役割を担っている。
中国の対外言説には特徴がある。政策が動く前に、まず言葉が動く。どのような言葉で相手を位置づけるのかが、その後の行動の幅を決めるからだ。今回の「新型軍国主義」という表現も、まさにその文脈で理解する必要がある。
新型軍国主義の文脈
では、「新型軍国主義」という言葉が「鐘声」署名記事に書き込まれたことは、中国が新たな対日措置に踏み出す前触れなのだろうか。結論から言えば、直ちに具体的な制裁や政策転換を意味するものかどうかわからない。中国側が日本を見る「枠組み」を一段引き上げた可能性は高い。
これまで中国は、日本の動きを主に「歴史問題」や「特定政権の路線」として批判してきた。靖国参拝や憲法解釈の変更を焦点としてきたが、批判はあくまで一部の政治アクターに限定していた。
近年、日本は台湾海峡の平和と安定をめぐって緊張が続くなかで、その安定性の重要性を再認識するとともに、防衛政策の見直しをすすめてきた。中国側にとって問題なのは、日本が何を装備するかよりも、どの問題にどの立場で関与しようとしているのか、という点である。台湾は主権問題であると同時に、中国共産党の歴史叙事と統治正統性の中核をなす問題であり、その物語への外部介入は存在論的脅威として知覚される。そこに日本が関与の意思を示すことは、中国の視点から見れば、安全保障上の危機管理という政策課題ではなく、「秩序の物語」への介入として映る。
この文脈で「新型軍国主義」という言葉が持つ意味は重い。それは日本の個別政策を批判する言葉というより、日本が「どの方向に向かおうとしているのか」を定義する表現だからである。日本はもはや日米同盟の枠内で行動する存在ではなく、歴史的に危険な主体として再び前面に出つつある、という認識を示唆する語彙である。
重要なのは、中国が日本を「脅威」と呼んでいる事実そのものではない。むしろ注視すべきなのは、どのような言葉によって、日本が位置付けられはじめているのかである。「新型軍国主義」という語彙は、日本の個別政策への批判ではなく、日本という国家の進路そのものを定義し直そうとする言説である。それは、中国が対日関係を一時的な摩擦としてではなく、長期的な秩序認識の問題として捉えはじめたことを示唆している。
言葉は政策に先行する
中国政治を読み解く上で重要なのは、行動の兆候を探すことではない。行動を正当化しうる言葉が、いつ、どのように準備されるのかを見ることである。言葉は政策に先行し、ナラティブは行動の選択肢を広げる。中国政治において、語彙の変化は偶然ではなく、統治と正統性の文脈のなかで慎重に配置される政治的装置である。
今回の「新型軍国主義」という表現は、直ちに何かが起きることを意味するものではない[注ⅶ]。しかし、中国がどのような物語のなかで日本を語ろうとしているのかを示している。日本側にとって重要なのは、中国の行動そのものに一喜一憂することではなく、そうした行動を将来において正統化しうる言葉が、どの段階まで準備されつつあるかを見極めることである。中国政治において、言葉は単なる表現ではなく、政策を可能にする前提条件だからである。
![]()
[注i] 「“新型軍国主義”将把日本再次引向深淵(鐘声)」『人民日報』2026年1月9日。「必須遏制日本推進“新型軍国主義”(鐘声)」『人民日報』2026年1月27日。また『人民網日本語版』の「週刊時事用語」に「新型軍国主義」が掲載されている。https://j.people.com.cn/n3/2026/0121/c206603-20417016.html また「日本の『平和国家』の仮面を剥ぎ取る3つの問い」『人民網 日本語版』https://j.people.com.cn/n3/2026/0115/c94474-20414935.html
[注ii] 「“新型軍国主義”将把日本再次引向深淵(鐘声)」『人民日報』2026年1月9日。同様の趣旨の論考は『光明日報』紙も掲載した。「高市早苗錯誤言行暴露日本新型軍国主義危険傾向」『光明日報』2026年1月12日。新華社は、1月11日に朝鮮中央通信社が「新型軍国主義は日本に完全な破滅をもたらすだけだ」と題する評論を発表したと報じている。「新型軍国主義」という言葉は、2025年12月26日の外交部報道官定例記者会見で、ロシア・トゥデイ(RT)紙記者が「日本政府が決定した2026年度防衛予算案が初の九兆円代となったことへの評価を問う質問を提起したことへの答えのなかで、中国外交部報道官が発言した。「中国は他の平和を愛する国家と同じように、如何なるかたちでの軍国主義の復活と「新型軍国主義」を形作るいかなる危険な行動も断固として抑え込み、第二次世界大戦の勝利の成果を共同で守っていく」と発言している。
[注iii] 「良知尚在否(鐘声)」『人民日報』2021年4月18日。
[注iv] 「費尽心機想把核廃水一排了之、這種做法不可接受(国際視点)」『人民日報』2021年4月16日。
[注v] 「就日方作出福島核廃水排海決定提出厳正交渉(鏈接)」『人民日報』2021年4月16日。
[注ⅵ] この部分の分析は慶應義塾大学SFC研究所上席所員酒井智啓氏の知見を踏まえたものである。
[注ⅶ] 今後、この言葉がどの様な媒体、政策文書、政治指導者の発言のなかで言及されるのかは分析の焦点となる。
◀前回 『中国政観』バックナンバー





