転換する経済社会情勢への評価 加茂具樹

転換する経済社会情勢への評価
加茂具樹 慶應義塾大学総合政策学部教授
12月11日と12日に中央経済工作会議が開催された[注i]。この会議は、毎年、過去一年の経済情勢と経済政策を総括し、その翌年の政策方針を確認するために、開催されてきた。そして中央経済工作会議の直前に開催される中央政治局会議は、経済情勢と経済政策の検討を議題としてきた。中央政治局会議で検討した方針は、中央経済工作会議において全党の規模で共有される。この中央政治局会議と中央経済工作会議の報道は、現在の中国指導部の経済情勢に対する評価と政策方針を理解する手掛かりを提供してくれる。
今年開催された中央経済工作会議は、その開催日時、場所、出席者については例年通りであった。12月上旬の北京で開催され、会議には7名の中央政治局常務委員会委員の全員が出席した。しかし、会議が示した現下の経済情勢に対する評価や政策方針は、昨年の会議と比較して異なっていた。
過去と異なる経済情勢に対する評価
現指導部は、経済情勢に対する評価を2023年と比較して大きく転換させた。2023年の中央経済工作会議は、「経済の回復は良好であり、長期的にみて改善の基調に変化はない」と語っていた[注ii]。しかし2024年には「外部からの圧力は増大し、内部の困難も増大している。・・・経済運営は全体的には安定しており、安定のなかに進歩がみられる」へと変化した。また主要な経済問題について2023年の会議は、「有効需要の不足、一部の業界における生産能力の過剰、社会的期待感の低下」と語っていた。これが2024年には「内需不足、一部の企業における生産と経営難、人々が雇用と所得増加への圧力」へと変化した。
報道によれば会議は、国民が困難に直面していることを認め、その課題克服のための政策を検討したことになる。ただし指導部の現下の経済情勢に対する評価の転換点は、この会議ではない。指導部は評価の転換を12月の同会議よりも前に下していた。2024年9月に開催された中央政治局会議である[注iii]。
経済情勢の評価の転換
習近平指導部が2012年11月に発足して以来、中国の公式報道機関が報じた中央政治局会議は139回ある。指導部発足以来、過去12年のあいだ、中央政治局会議が経済情勢の評価と政策の検討を議題とするのは、ほぼ4月と7月、12月の会議であった。2016年と2018年には10月末に開催した会議が経済情勢を検討する議題を掲げていたことはある。しかし2024年は、7月につづき9月の中央政治局会議で経済問題を議題として掲げた。極めて異例のことと言ってよい。
会議の内容を伝える報道によれば、会議は「現在の経済情勢を全面的に、客観的に、冷静に捉え、困難に立ち向かい、自信を持ち、経済政策にかかる任務にしっかりと取り組む責任感と切迫感を強めなければならない」と指摘していたという。それまでの中央政治局会議は、経済情勢に対する「前向きな」(中国語:向好)判断を下していたが、その評価を改めたのである。
9月の中央政治局会議は、「人々の生活水準のボトムラインを保障する必要性」を強調し、「大学新卒者、農民工、貧困から脱却したばかりの人々やゼロ就業家庭(中国語:零就業家庭)などの雇用問題解決に政策の重点をおき、高齢者、障害者、長期に失業している人々など、雇用が困難な人々に対する支援を強化する必要がある」ことを確認していた。また12月の中央経済工作会議は、「年末年始の人々の生活保護と安定安全にかかる様々な取り組みを適切に実施し、様々な矛盾や紛争、顕在化したリスクや潜在的なリスクについての綿密な調査と解決に取り組み、社会全体の安定を確保する」ことを確認していた。
中央社会工作会議の開催
この転換を理解する上で、重要な補助線となる会議がある。2024年11月5日と6日に開催されたと報じられる中央社会工作会議である[注iv]。かつて同名称の会議が開催されたことはない。
同会議の報道によれば、習近平中央委員会総書記は同会議に出席せず、重要指示を伝達した。習は、「『社会工作』は党と国家事業における重要な一部であり、党の長期にわたる執政と長期的な安定と繁栄、社会の調和と平穏、国民の幸福にかかわるものである」、「現在、社会構造には深刻な変化が生じており、特に新興領域が急速に発展し、新しい経済組織と社会組織が数多く誕生し、新しい就業形態の集団の規模が拡大している。『社会工作』は新しい情勢と任務と向き合っており、新しい責任と行動を示さなければならない」と伝えたという。
報じられた出席者の一覧は、同会議の性質を明確に示している。会議で講話を務めたのは蔡奇中央政治局常務委員であり、李幹杰中央政治局委員・中央組織部長が会議を主催した。そして李書磊中央政治局委員・中央宣伝部長、陳文清中央政治局委員・中央政法委員会書記、穆虹中央全面深化改革委員会弁公室副主任が出席した。
中央社会工作会議は、新しい「社会工作」として、新しい経済組織、新しい社会組織、新しい就業形態の集団における党建設、業界団体と商会の党組織の改革と発展、基層自治組織や基層政権組織の建設の強化、さらには大衆との緊密な関係の構築のために新時代の「楓橋経験」の堅持と発展、「信訪工作」(陳情にかかる業務)の法治化、より良い人民建議の収集、ボランティアサービス事業の発展の必要性を確認していた。「楓橋経験」とは、1960年代に毛沢東が評価した社会の末端コミュニティー(基層)における治安維持活動である。習近平総書記が中央総書記に就任して間もない2013年10月に、「楓橋経験」を再評価する発言をして以来[注v]、現指導部は社会安定を維持するためのモデルとして繰り返し「楓橋経験」の重要性について言及してきた。近年は「新時代の『楓橋経験』」という概念を提起している。
興味深いことは、12月の中央経済工作会議にかかる報道のなかで、「楓橋経験」が言及されたことである。中央経済工作会議において、この言葉が言及されるのは初めてである。会議は、2025年の経済政策の9つの柱を掲げ、そのうちの1つが「民衆の生活の保障と改善の強化」であった。そのための取り組みとして「新時代の『楓橋経験』」の堅持と発展の必要性」であった。2024年の中央経済工作会議は、経済活動の文脈のなかに、治安維持活動の論理を埋め込んだのである。
現指導部の政策選好をあらわす言葉が「発展と安全の両立」であることはよく知られている。過去30年、歴代の指導部は、経済発展を政策課題の最上位においていたが、現指導部は、2014年4月に指導部の現状認識としての「総体的国家安全観」を提起して以来、「発展と安全の両立」国家安全保障を最優先の、あるいは経済発展と同等の重要な課題と位置付けた。この「総体的国家安全観」と「新時代の『楓橋経験』」は親和性の高い概念である。「「新時代の『楓橋経験』」の堅持と発展」を中央経済工作会議のプレスリリースに描き込んだことの意味を如何に捉えればよいのか。少なくとも、指導部は中国経済の後退と社会安全の不安定化を関連付けていることは明らかだろう。
9月以来、現指導部の経済情勢および社会情勢に対する評価は大きく転換した。この情勢評価の転換が、2024年9月から2024年12月に開催された中央政治局会議、中央社会工作会議、中央政治局会議、中央経済工作会議をへて実現した経緯を、指導部が状況の変化に効果的で、迅速な政策転換を試みた結果であると評価するのか、あるは状況の変化に押し込まれた、受け身で、時宜を逸した政策転換と評価するかは、今後の議論に委ねたい。明らかなことは、現指導部の情勢に対する厳しい評価と、その結果としての社会秩序の不安定化への警戒は強い、ということである。この変化が指導部の政策選好にいかなる影響を与えるのか。今後、示される情勢評価の転換にともなっておこなわれる他の領域の政策転換への分析をつうじて明らかになるのだろう。
[注i] 「中央経済大作会議在北京挙行」『人民日報』2024年12月13日。
[注ii] 「中央経済大作会議在北京挙行」『人民日報』2023年12月13日。
[注iii] 「分析研究当前経済形勢和経済工作」『人民日報』2024年9月27日。
[注iv] 「堅定不移走中国特色社会主義社会治理之路 推動新時代社会工作高質量発展」『人民日報』2024年11月7日。2023年3月に発表された「党と国家の機構改革方案」において中央社会工作部の設置が決定された。中共中央社会工作部 「本部紹介」『中共中央社会工作部』https://www.zyshgzb.gov.cn/459401/459462/index.html
[注v] 「把“楓橋経験”堅持好、発展好、把党的群衆路線堅持好、貫徹好」 『人民日報』2013年10月12日。