中国企業が北極海ルートで欧州向け定期便スタートさせる-南回りの半分の日数で走破 日暮高則(アジア問題ジャーナリスト)
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中国企業が北極海ルートで欧州向け定期便スタートさせる-南回りの半分の日数で走破
北極圏の諸問題を話し合うための「北極評議会」(8カ国で構成)に中国は属していない。だが、かねてより、同海における資源や航路に強い関心を示しており、日本などと同様にオブザーバー参加している。特に、北極海航路は、欧州との貿易をにらんだとき、インド洋、スエズ運河、地中海経由の南回りに比べて4割方距離が短いため、経済効率上の魅力を感じているようだ。北極海ルートはロシアの排他的経済水域(EEZ)を通るので、ロシアの暗黙の了解がないと難しいが、西側先進国はウクライナ戦争に反発してロシアに制裁を発動しているために動きにくい。それに比べて上海協力機構(SCO)やBRICSなどで経済協力を進め、友好国である中国は「ロシアに歓迎されこそすれ、反対されることはない」(経済アナリスト)立場にある。“好状況”を受け、中国は昨年、このルートの試験航海を実施、そして今年8月には定期航路を開設した。いよいよ本格的に極地の海洋利用に乗り出したが、環境への悪影響問題もあり、前途は多難だ。
<ファンダメンタルズ>
本題の前に今夏の中国経済状況に触れたい。国家統計局が発表した8月の消費者物価指数(CPI)は前年同期比で0.8%増。7月は同0.5%の増であったので、前月よりは上昇した。これで11カ月続けて前月比プラスとなった。不動産不況の影響で内需が不振、自動車は前年同月比で1.6%の下降、家具・家電が同0.9%下がるなど耐久消費財を中心に価格が低迷した。だが、中東情勢の影響でガソリンなど交通燃料が8.3%上がったほか、半導体の価格上昇に伴ってスマホ、通信機器が10.6%増であったため、全体としてはわずかなプラスとなった。一方、8月の卸売物価指数(PPI)は前年同期比3.8%のアップとなった。7月は同3.5%増であったので、8月に再び加速した形だ。
8月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.8だった。7月の49.2より0.6ポイント上昇したが、2カ月連続で50を下回った。PMIとは、製造業320社を対象に現場の従業員に景況感を聞くもので、「50」を上回れば好調を示し、下回れば不調を表す。デフレ不況の影響で、今年に入ってPMIは1、2月まで50以下だった。3月から6月まで(5月だけ中間点の50)ずっと50以上と回復基調を示してきたが、7、8月には再び下降線をたどった。経済アナリストは「景気低迷が長引いて、企業が若年層を中心に雇用に慎重になっている」との見方をしている。ちなみに、非製造業の商務活動指数は49.0で前月から横ばい。両者を合わせた総合PMI産出指数は49.5であり、7月の49.3から0.2ポイント上昇した。
中国海関(税関)総署が発表した貿易統計によれば、8月の輸出額は約4014億米ドルで前年同月比25.0%の増、輸入額は約2824億ドルで同28.2%の増。貿易黒字は約1191億ドルで、前年同月の黒字幅約1023億ドルから大きく増加した。世界的にAIインフラや半導体方面の需要が輸出を押し上げた要因になっている。8月の輸入額はエコノミストの予測よりわずかに下回っているが、7月の27.5%増からは加速している。9月下旬に予定される米中首脳会談を前に中国側が”誠意”を見せた結果なのであろうか。これで2026年1-8月期の累計黒字額は8060億ドルに達しており、今年通年でこの数字は2025年の記録である1兆2000億ドルを超える見込みだ。
中国の1-8月期の固定資産投資は前年同期比で7.2%減少した。この結果は「ほぼ市場の予想通り」という。上半期(1-6月期)が同5.7%減、1-7月期が同6.7%減であったのに比べると、投資が一段と振るわない状況を示している。1-8月期を分野別に見ると、住宅需要の低迷、住宅価格の下落などの影響を受けて不動産方面の投資は19.9%の大幅減となったほか、インフラ投資が4.0%、製造業も2.3%ダウンした。産業別で見ると、第一次産業が2.4%減、第二次産業が2.9%減、第三次産業が9.9%の減。不動産セクターを除く固定資産投資でも、1-7月期が3.7%減だったが、1-8月期は4.2%減とさらに悪化した。
国家統計局が8月19日発表した7月の16-24歳若年層の失業率は前月比3.0ポイント高い17.9%だった。ちなみに6月が14.9%、5月の15.6%であった。中国では6、7月が大学の卒業シーズンであるが、7月の失業率数字に学生はカウントされていない。上の世代の25-29歳の失業率は0.1ポイント高い7.2%、30-59歳は0.1ポイント低い3.9%だった。全体の失業率は0.2ポイント高い5.2%。4月は5.2%、5月は5.1%、6月は5.0%であったのでほぼ横ばいか、若干改善の方向に向かっている状態だ。今年の大学卒業者と大学院修了者数は1270万人で過去最多になったと言われ、8月統計では学校を離れた若者も含まれるため、若年層の数字は悪化することが予想される。
<中国の北極海航路>
話を本題に戻す。今年8月15日の夜、中国浙江省にある寧波舟山港の岸壁から「ドバイ・タワー」という名のコンテナ船が静かに北に向けて出航した。海運会社「シーレジェンド・シッピング(海傑航運公司)」の所有船で、北極海の中欧間定期航路の第一弾として就航させたものだ。同船は東シナ海から対馬海峡を通って日本海に入り、さらには津軽海峡を横切ったあと北部太平洋へ。千島列島、カムチャッカ半島沿いに北上し、ベーリング海、同海峡を抜けてなんと北極海に突入した。その後、ロシアの沿岸海域を進みながらノルウェー北部沖合に達し、そこから南下して、9月7日、英国のフェリックスストウ港に到着した。わずか24日で、中国中部から欧州英国までの海路を走破した。
もしコンテナ船の出発地が大連など中国北方の港であったり、目的地が欧州最北のノルウェーであったりすれば、20日以内の航海で済みそうだ。距離で言えば、北極海ルートはインド洋ルートに比べて6割程度の短さだと言われる。およそこれまでの常識では考えられない短距離、短期間の航路である。中欧間定期船を所有するシーレジェンド・シッピング社はシンガポールで登録された企業だが、オペレーション本部は上海にあり、実質的にこの地に近い寧波港が定期船の出航地に選ばれたようだ。このため、大連、青島、広州など中国各地の港湾から欧州行きの貨物が寧波に集められた。同社は、今後も寧波だけの出発方式は変えないという。
従来の中国-欧州ルートは、南シナ海を南下し、シンガポール沖からマラッカ海峡を通り、インド洋を西へ。アフリカ大陸とアラビア半島の間のアデン湾からバブエルマンデブ海峡、紅海、スエズ運河を抜けて地中海に入るルートである。これだと目的地が英国など欧州中部の場合、40日くらいの所要日数となる。ただ現在、紅海ではイエメンの反政府武装組織「フーシ」が反イスラエルを叫んで一般船舶の通航を監視しており、場合によってはミサイル攻撃を仕掛ける挙に出ている。加えて、スエズ運河は通行料が値上げされたほか、通行船舶が多く衝突事故も起きており、海運会社にすれば、かなりの負担となる。このため、多くの船舶が紅海、スエズ運河ルートを取らず、アフリカ最南端の喜望峰回りを選択しているが、これだと日数はさらに10日ほど余計にかかる。
こうした従来ルートと比較すれば、北極海ルートは、中国はじめ北東アジアの国々にとっては非常に有効なルートである。特にロシアと友好関係にある中国は、「障害の多いインド洋、中東経由より北極海ルートの方がはるかに安全性は高い。このルートを多く使えば、欧州への物流が飛躍的に増大できそうだ」と見ている。欧州の損害保険会社「アリアンツ・コマーシャル」によれば、2024年に北極海航路を利用したコンテナ船は15隻だったが、翌25年は23隻に増えたという。このほとんどがロシア、中国の船舶であった。中国当局は近年、北極海ルートに期待して着々と実地研究、準備を進めてきたのである。
シーレジェンドが2025年に初めて北極海への試験航海を行った。「イスタンブールブリッジ」という名の船で、「中欧北極エクスプレス」との名も付けられた。この船には光ケーブル、新エネルギー関連製品など総額2億米ドル相当の高額な貨物が積載されたという。寧波税関がもっと具体的に明らかにしたところによれば、輸出品は燃料自動車、電気自動車関連が全体の10.8%、自動車用電池、関連部品が10.3%。ただ、そのほかに服装、靴などの軽工業品も3割程度あったという。積荷の半分程度は公表されていない。香港誌「亜洲週刊」によれば、中国が北極海ルートで運ぶ貨物は「付加価値が高いもので、しかも速さが必要なものだ」と言う。コンピューター、自動車生産などに必要なレアアース(希土類)や半導体などの素材であろうか。
亜洲週刊によれば、 「中欧北極エクスプレス」に積み込まれたコンテナの一個当たりのコストは約4500米ドル。これは中欧間の鉄道に積み込まれるコンテナのコストより2000ドル以上安い。全体のコストで見ると、3割程度安価になるという。一方、北極海ルート貨物船のコンテナコストをインド洋、紅海、スエズ運河経由の貨物船に比べると、一個当たり200ドル高くなる。ただし、所要時間が半分であるので、その速さが売りになる。すぐに生産ラインに載せたい先端技術部品や製品、生鮮食料品などにとって速さは魅力的である。このため、今年8月就航の定期船には早くから予約が入った。定期船は前年の試験航海時に比べて運送料金は2倍に跳ね上がったが、それでも運航予定の2便の貨物予約はフルの状態になったという。
イスタンブールブリッジ号の鐘徳生船長は「わが社は3年前から北極海航海の準備を進めてきた。船体をより強固にし、1、2メートルの氷でも突き割って進めるようになった。砕氷船ではないが、氷原で力を発揮できる船だ。このため、試験航海でも砕氷船の支援伴走はなかった」と自慢する。ただし、海面下が分からない氷原を突き進むため、事故が起きる危険性は大きい。いったん事故が起きれば、その復旧には膨大な費用と時間がかかるため、保険会社はその損害保険料の設定に相当苦労しているようだ。今、そのコスト計算をしている最中だという。
<ロシア、中国の協調>
地球温暖化で夏季に北極海での航行可能が分かってから、特に2017年以降、習近平指導部は同海のルート開拓、定期便の就航に向け熱心に取り組んできた。広域経済圏構想「一帯一路」の一環として「洋上のシルクロード」の建設などという言い方もしてきた。そのために、北極圏に大きな影響力を持つロシアに接近した。ウクライナ戦争開始によって西側先進国がロシアとの距離をおいたことから、中国はむしろこれ幸いにロシアにアプローチし、協力を求めた。中ロは2022、23年に米アラスカ沖で合同パトロールを実施したほか、24年には中国の海警局船舶が初めて北極海に入り、ロシアの国境警備隊の船と合同演習を行っている。
安全保障上の対応ばかりでなく、中ロは北極海の商業利用でも共同歩調を取る考えを示した。プーチン大統領が国営企業「ロスアトム」に指示する形で、航路情報などを提供させた。ロスアトムは原子力省傘下の企業で、原子力砕氷船を所有しており、北極圏の状況を熟知しているのだ。こうした支援を受けて、中国企業シーレジェンドが2025年9月23日、イスタンブールブリッジ号を寧波から出発させ、英国フェリックスストウ港まで試験航海を行った。このあと、中ロ両国関係者が10月に黒竜江省に集まり、試験航海について総括するとともに、定期航路を作り、北極海の商業利用を本格的に始めることを確認し合ったもようだ。
中国国内メディアが2026年9月4日報じたところによれば、中国の極地科学・観測船「雪龍2号」が最近、北極海での観測航海を行った際、ロシア人科学者を乗船させ、一緒に研究に取り組んだという。それは第16次の北極海観測航海時で、極地研究所の2人のロシア人科学者が中国人の隊員と同じように操縦室に入った。そして、両国の科学者が共同で、海氷の密集度、類型、大きさ、厚み、動きのほかに、船舶の動き、氷上、海水中の動物も観測したという。ロシア人科学者は「夏季の北極海の海氷や海流の変化のデータを集めた」としており、今後、北極海での貨物定期輸送に役立てたい考えのようだ。この分野での両国共同研究は初めて。ロシアも中国との共同観測でより多くの情報を入手し、自らも北極海の貨物輸送に積極的に取り組む姿勢を示したものであろう。
中ロの協調は北極海航路の新ルート開拓でも見られる。中国は、沿岸部から外洋を通って北極海に入るルートのほかに内陸から河川を使って同海に入る手段も検討しているようだ。「亜洲週刊」によると、国際河川であるエルティシ(額爾齋斯)河を使って船を新疆ウイグル自治区から北方カザフスタンに送り込み、その後にロシアの湖沼やエルティシ河が流れ込む本流のオビ河を使って北極海に出させる全長4248キロのルートがそれだ。もしこれが開拓されれば、中国内陸部から欧州方面への物流に多大な貢献ができる。ただ、このルートには難点がある。通過河川や湖沼は冬季間の5-6カ月は結氷することだ。北極海と同様に通航期間が限られる。
また、エルティシ河の水源地である新疆ウイグルやその他の通過河川は、周辺に砂漠が多く、大量の土砂が流れ込むため水深は浅く、大型船は使いにくい。恒常的に使うとなれば絶えず浚渫することが必要だ。また、3カ国にまたがることで、河川の利用方法、物品の安全確保態勢などでの協議、合意が前提となる。前述のように、中国の中西部から欧州方面に運ばれる貨物は鉄道によってすでにしっかりしたルートができている。新疆ウイグル、カザフスタンを通って欧州のドイツ、ハンガリー、チェコなどに向かう国際列車で、運行にかかる時間は11日間程度だ。エルティシ河、オビ河を使っての北極海ルートでは恐らく10日以上かかりそうであり、鉄路との比較でそれほどのメリットはない。そのため、構想はあるものの、研究倒れで終わりそうな雲行きだ。
シーレジェンド・シッピング社は今年、結氷しない夏季の8-10月間に計8回の運航を計画している。ただし、この程度の回数では満足できないようだ。当面は4カ月間の運航であるが、「将来的にはもっと運航期間を広げ、回数を増やしたい」との考えを持っている。そのためには、より強力な砕氷設備を持つ貨物船が要る。氷原は一様でなく、単に薄い氷だけの地域もあれば、固い氷の場合もある。氷原でのルート設定、砕氷運航にも見極めが必要であり、この種の運航、砕氷船の造船ではロシアは豊富な経験を持つ。そのため、シーレジェンド社はロシアからの技術支援を欠かせないのである。
<極地の現状と危険性>
南極でも温暖化が進んでいるようで、今年は特に”暑い“極地になった。南極半島にあるアルゼンチンのエスペランサ基地の観測によれば、2026年6月6日に摂氏15.4度と、6月としてはこれまでの最高気温を記録したという。同国のその他の基地、南極半島東岸シーモア島にあるマランビオ観測拠点やサンマルティン基地でも6月5日、6日にそれぞれ11.8度、9.4度の最高気温となった。南極は夏でもマイナス20度以下になるのが普通だが、エスペランサ観測基地によれば、3週間ほど毎日最高気温が零度以上であったという。一方、北極の方も、北海道大学の研究者の話によれば、地球前全体の平均より約4倍のスピードで温暖化が進んでいると言われ、温暖化の影響は確実に極地にも及んでいる。
ただ今年は、北極圏にあるグリーンランドやアイスランド近くの北大西洋海域で海水温が異常に低下する現象が見られた。米国のケーブルテレビ・メディアが報じたところでは、この海域の水温は21世紀初頭より1度ほど下がっているという。科学者はその原因を探っているが、「風と雲の変化で海面温度を下げているのではないか」と分析している。トレンドしては温暖化しているとはいえ、年によって温度の上下動はある。したがって、夏季に北極海ルートが使えるようになったと言っても、砕氷設備のない一般船舶が入るのは難しい。シーレジェンドは現在、7隻の砕氷設備の船を所有しているようだが、今後はさらに高性能の砕氷船が必要となろう。
日経新聞に掲載された英紙「フィナンシャル・タイムス」記事によれば、デンマークの海運大手企業「APモラー・マークス」のビンセント・クラークCEOは「北極海航路はニッチでしかない。規模を伴う有望な事業構想の実現までの道のりは長い。貿易で大規模に利用されるのははるかに遠い先だ」と話している。同氏は、実現性が乏しい要因の一つに環境への影響悪化を挙げる。船舶のディーゼルエンジンが燃焼時に排出するススが氷に落ちて黒く汚し、氷の溶解を一段と進めることを懸念する。大型船、砕氷船が氷を砕くと、氷の表面積が増えて溶けやすくない。さらに、氷原が減り海面が多く出て来ると、海水がもろに太陽光を吸収するので海水温は上昇し、温暖化を助長するという。「こうした現象が地球環境にマイナスになる」とクラーク氏は危惧するのだ。
クラークCEOは次に北極海ルートのリスクとして政治的な要因も挙げる。北極海ルートのほとんどはロシアのEEZを通るため、同国沿岸警備当局の管轄内に入る。ウクライナ侵攻によってロシアには国連の制裁が発動されていることから、西側先進国の海運企業が北極海に船を出せば、嫌がらせに出るのは必至だ。現に今、日本など西側の航空会社は欧州便にロシア上空を使うことはできない。ロシアの“報復”という危険性を無視して、長い時間、長い距離、ロシアのEEZを利用するのは勇気のいることだ。そういう視点から、北極海ルートは当面ロシアと中国の独壇場となるのであろう。(了)




