「紅」と「専」の緊張をどう読むか――習近平指導部と二つの忠誠 加茂具樹
▼執筆者紹介
著書に『現代中国政治と人民代表大会 人代の機能改革と『領導・被領導』関係の変化』(慶應義塾大学出版会、2006年)。編著に加茂具樹編著『「大国」としての中国』(一藝社、2017年)、加茂具樹編著『中国対外行動の源泉 (慶應義塾大学東アジア研究所 現代中国研究シリーズ)』(慶應義塾大学出版会、2017年)。共編著に加茂具樹・林載桓編著『現代中国の政治制度:時間の政治と共産党支配(慶應義塾大学東アジア研究所叢書)』(慶應義塾大学出版会、2018年)、加茂具樹・小嶋華津子・星野昌裕・武内宏樹編著『現代中国研究シリーズ 党国体制の現在:社会の変容と中国共産党の適応』(慶應義塾大学出版会、2012年)、加茂具樹・飯田将史・神保謙編著『中国 改革開放への転換:「一九七八年」を越えて』(慶應義塾大学出版会、2011年)。共訳書に園田茂人・加茂具樹共訳『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(岩波書店、2011年) (Stefan Halper, THE BEIJING CONSENSUS: How China’s Authoritarian Model Will Dominate the Twenty-First Century, The Perseus Books Group in United States, 2010.の訳)ほか。
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「紅」と「専」の緊張をどう読むか――習近平指導部と二つの忠誠
1.「政治への忠誠」と「専門知への忠誠」のあいだの緊張
「社会主義の破壊者と墓掘り人を育ててはならない」。2018年9月の全国教育大会での習近平の言葉である。育成を求めたのは、「中国共産党の指導と社会主義制度を擁護し、中国の特色ある社会主義のために生涯奮闘することを志す」人材、すなわち体制の継承者(「接班人」)である[1]。一党体制の持続を支える条件は一つではないが、党の指導する体制を次代に引き継ぐこの人々を生み出し続けられるかどうかは、その重要な一つである。
習近平指導部が体制の継承者に求めるものは二つある。党の指導と社会主義制度を擁護するという政治への忠誠を意味する「紅」と、専門能力を意味する「専」である。2017年の第19回党大会報告も、党自らに対して「政治的に強固であるだけでなく、能力も高くなければならない」と求めている[2]。毛沢東期の「又紅又専」に通じる、政治的な信頼性と能力の双方を求めるこの要求は、教育と研究の領域にも及ぶ。
「紅」と「専」は、常に緊張関係にあるわけではない。与えられた課題を解決する「専」は、党が定めた前提を問わなくても発揮できる。しかし既存の知識を問い直して新たな知識を生み出す「専」は、何が正しいかを根拠と論証によって決める姿勢なしには成り立たない。この姿勢を、本稿では「専門知への忠誠」と呼ぶ。緊張は、政治への忠誠と専門知への忠誠という、二つの忠誠のあいだにある。
教育と研究は、この緊張がもっとも鋭く表れる領域である。習近平指導部は、新たな知識を生み出す「専」を担う「抜尖創新人材」(トップレベルの革新的人材)を必要としている。しかし指導部は、何が正しい知識であり、誰が信頼できる人材であるかを定める権威を手放さない。この二つがぶつかる場所で指導部が何をするかに、一党体制が自らの持続をどう構想しているかが見えてくる。
本稿では、専門家が根拠と論証に従って下した判断が尊重される余地を「専門知の自律」と呼ぶ。中国でも、憲法は科学研究の自由を定めている。しかし、専門家の判断が政治的な要求と衝突したとき、その判断がどこまで尊重されるかを最終的に決めるのは党である。このように党が範囲を決める自律を、本稿は「与えられた自律」と呼ぶ。
本稿の結論を先に述べておく。かつて鄧小平は、社会主義の科学事業への専門的な貢献を、一定の意味では「紅」の表れとも認めた。「専」の中に「紅」を見出したのである。これに対して習近平指導部は、専門教育や学問の規範に「紅」を組み込むことを徹底しながら、研究の進め方については裁量の拡大を掲げてきた。
2026年は第15次五カ年計画の初年度であり、3月に採択された計画綱要は、2035年までに「教育強国」「科技強国」「人材強国」を築くという目標に向けた五年間の方針を定めた[3]。この年は、習近平が人文社会科学と科学技術について講話を行ってから10年にあたる。2016年5月17日の哲学社会科学工作座談会で、習近平はマルクス主義を指導とする「中国の特色ある哲学社会科学」の構築を求め、同月30日の全国科技創新大会では、研究の技術的な方針の決定、研究費の使用、研究資源の配分について、科学者の裁量を広げるよう説いた[4]。本稿は、この二つの講話を起点に、2026年に示された政策と学術言説を手がかりとして、政治への忠誠と、研究の進め方に関する専門家の裁量を、指導部がどう関係づけているかを検討する。
2.「専」の中に「紅」を見出した鄧小平
毛沢東期に党が体制の継承者に求めたのは、「紅」と「専」をともに備えること、すなわち「又紅又専」であった。しかし文化大革命期の党は、専門的な仕事への専念を「紅」の欠如の徴とみなし、知識人を批判の対象とした。これに対し、1978年3月の全国科学大会で鄧小平は、社会主義の科学事業に貢献することは「専」の表れであり、一定の意味では「紅」の表れとも言えると述べた[5]。同じ講話で鄧小平は、「白」は政治的な概念であり、党と社会主義に反対する者だけを「白」と言えるとも述べた。ただし、鄧小平は「紅」を捨てて「専」を選んだのではない。「紅」の表れと認める範囲を広げ、「白」と非難できる範囲を限ることで、専門家が「専」を重んじても「紅」が足りないとはみなされないようにしたのである。
鄧小平は「紅」の要求だけでなく、何を学術上の問題とし、何を政治上の問題とするかを最終的に判断する党の権威も維持した。1987年の「ブルジョア自由化」反対が示すように、改革開放期にも党は思想や学術に政治的な制約を課し続けた。このように、判断の主体が党であることは変わらないが、何を「紅」の表れと認め、どこまで専門家の判断に委ねるかは、その時々の指導部の政策的な選択によって変わる。
3.「専」の中に「紅」を組み込む習近平指導部
習近平は、2018年の全国教育大会で、体制の継承者に党の指導と社会主義制度の擁護を求めた。これは習近平指導部が新たに設けた要件ではない。1980年の学位条例はこれを学位申請の条件に掲げ、2024年に制定された学位法も引き継いでいる。1995年の教育法は、社会主義事業の建設者と継承者の育成を教育の目的に掲げた。2004年の党中央・国務院の意見も、思想政治教育を専門学習の各過程に組み込み、専門知識を教えるなかで強化するよう求めていた。政治的な価値観を専門教育のなかで育てる方針には、習近平指導部以前からの連続性がある[6]。
習近平指導部が進めるのは、この要求を教育課程全体にわたって具体化し、組織的に徹底することである。教育部が2020年5月に発出した「高等学校課程思政建設指導綱要」(高等学校は大学などの高等教育機関を指す)は、専門科目を含むすべての科目に思想政治教育を担わせる方針を示した。課程思政と呼ばれるこの方針は、専門分野ごとの教育内容を示すとともに、その取り組みと教育効果を教員の評価や任用に結びつけ、「紅」と「専」の結合を日常の教育活動のなかで徹底させようとするものである[7]。鄧小平は、党と社会主義に反対しない専門家を「白」と決めつけることを退け、社会主義の科学事業への貢献を、一定の意味で「紅」の表れとも認めた。習近平指導部が進める課程思政のもとでは、「紅」は科目ごとに示す必要があり、評価される要件となる。
同時に指導部は、育てる人材には政治への忠誠だけでなく高い専門能力を求め、現に研究を担う科学者の裁量を拡大する方針を示した。2026年3月の第15次五カ年計画綱要は、第38章で体制の継承者の育成と思想政治教育を掲げた。その一方で、第11章で抜尖創新人材の育成を求め、第9章では研究の技術的な方針の決定、研究費の使用、資源の配分について、科学者により大きな権限を与える方針を示した[8]。科学者の裁量拡大は、2016年以来、繰り返し示されてきた方針である[9]。指導部が進めているのは、「紅」か「専」かの選択ではなく、双方をともに強めようとする政策である。ここで取り上げた裁量拡大の方針は、科学技術を対象としている。次節では、哲学社会科学における政治的要求の表れ方を見る。
裁量を与えられた科学者も、政治への忠誠の要求を免れるわけではない。党は裁量を与え、その範囲を狭めることもできる。第1節で「与えられた自律」と呼んだのは、この関係である。
2026年7月8日の両院院士大会(中国科学院・中国工程院の院士大会)で、習近平は、国家が定めた重点課題に研究者と資源を組織的に集中させることを六つの課題の第一に掲げ、党中央の集中統一指導の強化を求めた。習近平は、2016年、2021年、2024年の同大会では、科学者や研究機関の権限や自主権の拡大を説いていた。しかし、2026年の講話では、これに触れなかった[10]。もっとも、触れなかったことだけから、同年3月の綱要に明記された方針が撤回されたと判断することはできない。問われるのは、指導部が、科学者の裁量を広げる方針と、国家の重点課題に研究者と資源を集中させる方針を、実際の運用でどう組み合わせるかである。
4.党の基準が学問の規範になる――「偽史論」と歴史学
学術問題と政治問題の区別は、誰が、どのような基準で行うのか。2016年の講話で習近平は、両者を正しく区別せよと説いた。歴史学については、党中央の機関誌が、学術問題と政治問題の境界を自ら示している。
2026年5月、ある動画サイトに「唐王朝は存在しない」という投稿が現れ、拡散した。批判は、南京市党委員会の機関紙から、中国社会科学院の『中国社会科学報』へと広がった。同年9月1日には、党中央の機関誌である『求是』が「文平」の署名で「『偽史論』の歴史虚無主義的本質を見極めよ」を掲載した[11]。歴史虚無主義とは、公式の歴史像を否定する言説に党が与えてきた呼称である。論説は、史料に基づく学術的懐疑と証拠を無視した歴史否定とを区別し、後者を文化の安全とイデオロギーの安全を脅かす言説と位置づけた。成り立たない主張を批判すること自体は、歴史研究への制約を意味しない。しかし、それを安全への脅威と位置づけることで、論説は、歴史解釈の正当性を判定し、学術問題と政治問題の境界を示す党の権威をあらためて打ち出したと評価できる。
線がどこに引かれたかが重要である。論説が批判したのは、唐王朝の存在を否定する説だけではない。皇帝の血統のみを根拠に唐を「胡人の政権」と呼ぶ説や、元と清は中国ではないとする説など、漢民族中心の立場から特定の王朝を中国史から排除する言説にも、批判は及んでいる。これらの言説は、党の「中華民族」観と衝突する。愛国を掲げる言説であっても、党の示す歴史像に収まらなければ「紅」の要求に反するものとされるのである。
歴史認識を国家の安全に結びつける論理は、2016年に中国社会科学院の宋月紅が「国家歴史安全」を論じたとき、すでに示されていた[12]。宋は、その維持を総体国家安全体系に組み込み、歴史研究や編纂における国家の専門機関の科学性、権威性、話語権を確立するよう求めた。その対象には当時から古代史も含まれ、国民や社会の歴史認識が重視されていた。2026年の『求是』論説にも、同様の論理が見られる。論説が、利用者への表示内容を決めるアルゴリズムに「主流の価値観」を組み込むよう求めたことにも、課程思政と同じ論理が表れている。
では歴史学の側はどう語るか。中国社会科学院近代史研究所の所長を務めた夏春濤は、2026年の『近代史研究』で、歴史虚無主義を、「学術の革新」などを名目に既存の歴史解釈を覆し、歴史を論じる形で現実の政治を批判する言説と位置づけた。そのうえで、近代史研究は「鮮明なイデオロギー的性格」をもつ以上、党の政治的立場や方針を踏まえなければならないと説き、主流イデオロギーと距離を置くことを「独立の精神、自由の思想」と称して真の学問とみなす理解を「誤り」と断じた。夏によれば、中国式現代化を進め、中華民族の偉大な復興を実現するという「最大の政治」に沿う研究が真の学問であり、そうでなければ偽の学問である。ただし、夏は政治を一面的に強調して学術性を薄めたり、犠牲にしたりすることも戒めている[13]。
鄧小平が専門的貢献を「紅」の表れと認めたのに対し、ここでは学術性を重んじながらも、「紅」の要件を満たすことが、研究を学問として認めるための条件とされている。専門知への忠誠は、政治への忠誠と両立する範囲で求められているのである。夏は、政治原則、思想認識、学術観点に関わる三種類の問題を区別せよとも説く。この区別は、第19回党大会報告が、イデオロギー工作の指導権を掌握するための課題として掲げた文言と同じである[14]。夏の論文には、どの言説がどの類型に属するかを判定する主体は書かれていない。ここでは、研究機関を率いた研究者自身が、党の政治的要求を学問の規範として語っている。
夏の論文の主題は、習近平が唱えた哲学社会科学の「自主知識体系」、すなわち西側の理論への一方的な依存を脱し、中国の歴史や実践に立脚して主体的に構築する知識体系である。2016年の講話から10年にあたる2026年5月17日に公表された習近平の重要指示は、自主知識体系の構築を加速し、党の全面的指導を堅持し強化するよう求めた[15]。夏の論文は、この指示の後に公刊された。ここでいう「自主」は、知識を生み出す主体性を指し、西側の学術成果を参照し、取り入れることまで否定するものではない。また、政治的な基準から独立して判断するという意味での自律とも異なる。夏の論文が学界全体を代表するわけではないが、政治への忠誠が学術言説のなかで学問の規範として語られる姿は、ここに明確に表れている。
5.変わったのは二つの忠誠の結びつけ方である
「紅」と「専」の緊張を一党体制の脆弱性の証拠と解釈することも、DeepSeekや電気自動車にみられる技術的成果だけから、この緊張が克服されたと判断することも、不十分である。党は、新たな知識を得るために専門家の判断を必要とするが、何が許容される判断かを定める権限も保持する。
習近平指導部の答えは、政治への忠誠の要求を専門教育や学問の規範に組み込みつつ、研究の進め方には裁量を認めることで、専門能力の活用と統制の維持を両立させようとするものである。本稿で取り上げた資料では、科学技術政策において研究の進め方に関する裁量の拡大が掲げられ、歴史学の言説では政治的要求が学問の規範として示されている。鄧小平は「専」の中に「紅」を見出し、習近平指導部は「専」の中に「紅」を組み込む。変わったのは、二つの忠誠を結びつけるやり方であり、変わらないのは、その関係を決めるのが党だということである。
本稿が検討してきたのは、指導部が示した方針であり、その運用の実態ではない。それでも、その方針が専門家の研究や判断に及ぼしうる影響は考察できる。一つは知識生産の偏りである。習近平指導部は、基礎研究を含め、専門的な探索の余地を広げる方針を掲げている。しかし、研究を進める裁量の拡大は、課題の選択や成果の公表について、専門家が政治的な制約から独立して判断できることを意味しない。人文社会科学では、論じてはならない七つの主題が2013年に大学に伝えられたとされる「七不講」、大学のイデオロギー工作責任制、教材の審査などを通じて、政治的な制約が及んでいる。自然科学でも、政治的に敏感な主題に及べば同じである。2020年には、新型コロナウイルスの起源をめぐる研究の公表が政府の審査下に置かれたという資料がある[16]。こうした制約のもとでは、党が定める政治的な前提を問い直す研究や、政治的に許容されるかどうかが不明確な研究が避けられ、課題の選択や成果の評価や公表に偏りが生じるおそれがある。
もう一つは、党に届く知見の質である。政治的基準の適用範囲が見通しにくく、政治的な優先順位の変化によって研究や発言が後から問題視されると考えれば、専門家は、認められた裁量の行使にも慎重になりうる。指導部の期待に沿う説明を選び、不都合な知見の報告や警告を控える誘因も生じる[17]。もっとも、専門家が指導部にとって不都合な知見や異論を公に示していなくても、非公開の報告や助言を通じて伝えている可能性はある。問われるのは、指導部の期待に沿わない知見や異論を伝える経路が保たれ、それらが政策の修正に生かされるかである。
こうした問題は、中国に固有のものではない。政治権力が学問に関わるとき、政治体制を問わず、学問と政治の境界を誰がどのように定めるかが問題となる。民主主義国では、制度の実効性には差があるものの、裁判、報道や学会の活動、選挙を通じて、政治権力による線引きを、その権力から独立した主体が問い直す複数の経路がある。
中国でも、憲法は科学研究の自由を、高等教育法は大学における研究の自由や、教育、研究を自主的に行う大学の権限を規定している。同時に高等教育法は、国家が設置する大学について、党委員会の指導の下での校長責任制を定めている[18]。政治的要求と専門的判断が衝突した際に、党が定める政治的な基準そのものを、党から独立した主体が問い直し、是正を求める制度的な経路は限られている。
専門家が与えられた裁量を十分に生かすうえで、政治的な優先順位が変わっても、根拠と論証に従った判断が尊重されるという見通しは重要である。その見通しを支えるのは、憲法や法律の規定だけでなく、不都合な知見や異論を示しても、それを理由に不利益を受けないという経験の積み重ねである。この経験が乏しければ、専門家は裁量の行使に慎重になり、党は政策の修正に必要な知見を得にくくなる。本稿の冒頭で述べたように、体制の継承者を生み出し続けることは、一党体制の持続を支える条件の一つである。政策の誤りを修正する知見を得続けることも、その持続を支えるうえで重要である。継承者を育てるために学問の規範に「紅」を組み込むことが、党に届く知見を細らせるとすれば、それが「与えられた自律」の長期的な代償となりうる。体制を継ぐ人材の育成と、政策を修正する知見の確保を実際の運用でどう両立させるかが、一党体制の持続を考えるうえでの重要な問いとなる。
[1] 習近平「培養徳智体美労全面発展的社会主義建設者和接班人」『求是』2024年第17期。https://www.qstheory.cn/dukan/qs/2024-08/31/c_1130197120.htm なお、同誌の編集注によれば、同稿は2018年9月10日の全国教育大会における講話の一部である。
[2] 習近平「決勝全面建成小康社会 奪取新時代中国特色社会主義偉大勝利――在中国共産党第十九次全国代表大会上的報告」(2017年10月18日)『人民日報』2017年10月28日。習近平指導部の幹部政策における政治的基準の強化については、例えば、Jerome Doyon and Long Yang, “Shades of Red: Changing Understandings of Political Loyalty in the Chinese Communist Party, 1921–2021,” Journal of Current Chinese Affairs, 51(3), 2022, pp. 386–410 が整理している。本稿はその視角を教育における育成目標の定義に適用する。政治への忠誠と学問の自由との関係については、Lennart Riedel, “Negotiating Political Loyalty and the Academic Quest for Truth: A Legal Perspective on Academic Freedom in the People’s Republic of China after 1978,” CATSarena, No. 3, Fall 2022, pp. 22–24 を参照。本稿はこの問題意識を共有し、2026年の教育・科学技術政策と歴史学の学術言説を併読する。
[3] 習近平「高挙中国特色社会主義偉大旗幟 為全面建設社会主義現代化国家而団結奮闘――在中国共産党第二十次全国代表大会上的報告」(2022年10月16日)『人民日報』2022年10月26日。同報告の第三部分で、2035年の総体目標として「教育強国、科技強国、人材強国、文化強国、体育強国、健康中国を築く」と掲げた。教育については「中共中央 国務院印発《教育強国建設規画綱要(2024―2035年)》加快建設中国特色社会主義教育強国」『人民日報』2025年1月20日。同綱要は、「2035年までに教育強国を築く」と定めており、これを2026年3月に策定された第15次五カ年計画綱要が受けている。
[4] 習近平「在哲学社会科学工作座談会上的講話」(2016年5月17日)『人民日報』2016年5月19日。同月30日の全国科技創新大会における講話は注9を参照。
[5] 鄧小平「在全国科学大会開幕式上的講話」(1978年3月18日)、中共中央文献編輯委員会『鄧小平文選 第二巻』(人民出版社、第2版、1994年)85–100頁。鄧小平は同講話で、「致力於社会主義的科学事業、作出貢献、這固然是専的表現、在一定意義上也可以説是紅的表現」、「白是一個政治概念。只有政治上反動、反党反社会主義的、才能説是白」と述べた。1978年の転換を技術官僚層の形成として論じたものとして、Joel Andreas, Rise of the Red Engineers: The Cultural Revolution and the Origins of China's New Class, Stanford University Press, 2009 がある。中国語版は、安舟(何大明訳)『紅色工程師的崛起:清華大学与中国技術官僚階級的起源』(香港中文大学出版社、2017年)。
[6] 1980年2月12日制定の「中華人民共和国学位条例」第2条は、党の指導と社会主義制度への支持、および一定の学術水準を学位申請の条件としていた。2024年4月26日制定(2025年1月1日施行)の「中華人民共和国学位法」も第4条・第18条でこの条件を引き継いでいる。「中華人民共和国学位法(2024年4月26日第十四届全国人民代表大会常務委員会第九次会議通過)」『人民日報』2024年4月27日。なお同法第3条は、学位工作は党の指導を堅持し、「学術の自由と学術規範の統一を堅持する」と定めている。また「教育部関於做好2011年招収攻読碩士学位研究生工作的通知」(教学〔2010〕7号、2010年8月25日)の附件「2011年招収攻読碩士学位研究生管理規定」第2条は、育成する人材の要件として党の指導と社会主義制度への支持を、専門知識、創新精神、研究能力とともに明記している。http://www.moe.gov.cn/srcsite/A15/moe_778/s3261/201008/t20100825_108629.html 政治的要件が教育目的としても規定されていたことについては、「中華人民共和国教育法」(1995年3月18日制定)第5条・第6条を参照。専門教育への思想政治教育の組み込みについては、中共中央・国務院「関於進一歩加強和改進大学生思想政治教育的意見」(中発〔2004〕16号)第14項を参照。
[7] 教育部「関於印発『高等学校課程思政建設指導綱要』的通知」(教高〔2020〕3号、2020年5月28日)https://www.moe.gov.cn/srcsite/A08/s7056/202006/t20200603_462437.html
[8] 「中華人民共和国国民経済和社会発展第十五個五年規劃綱要」『人民日報』2026年3月14日。
[9] 習近平「為建設世界科技強国而奮闘――在全国科技創新大会、両院院士大会、中国科協第九次全国代表大会上的講話」『人民日報』2016年6月1日。2021年9月27日の中央人材工作会議講話では「要賦予科学家更大技術路線決定権、更大経費支配権、更大資源調度権」と述べた。「深入実施新時代人才強国戦略 加快建設世界重要人才中心和創新高地 習近平在中央人才工作会議上強調」『人民日報』2021年9月29日。
[10] 習近平「在国家科学技術奨励大会、両院院士大会、中国科協第十一次全国代表大会上的講話」(2026年7月8日)『人民日報』2026年7月9日。講話は六つの課題の第一に「科技創新の体系化攻関能力の増強」を置き、「科技攻関の組織化程度を高める」ことを求め、末尾で「党中央の科技工作に対する集中統一指導を堅持し強化する」と述べた。科学者や研究者の権限、自主権の拡大には言及していない。これまでの同大会の講話では、2016年5月30日の講話(注9)が技術路線決策権、経費支配権、資源調動権の拡大を説いた。2018年5月28日の講話には権限拡大の文言がない。2021年5月28日の講話は「科研単位により多くの自主権を与え、科学者により大きな技術路線決定権と経費使用権を与える」と述べ、2024年6月24日の講話は「科研単位と科研人員により大きな自主権を与える」と述べていた。習近平「在中国科学院第十九次院士大会、中国工程院第十四次院士大会上的講話」(2018年5月28日)『人民日報』2018年5月29日。習近平「在中国科学院第二十次院士大会、中国工程院第十五次院士大会、中国科協第十次全国代表大会上的講話」(2021年5月28日)『人民日報』2021年5月29日。習近平「在全国科技大会、国家科学技術奨励大会、両院院士大会上的講話」(2024年6月24日)『人民日報』2024年6月25日。
[11] 文平「認清『偽史論』的歴史虚無主義本質」『求是』2026年第17期(2026年9月1日)。https://www.qstheory.cn/20260831/191ba26ba3f647c38847b9b59e471056/c.html論説は、利用者への表示内容を決めるアルゴリズムを「歴史虚無主義の拡声器にしてはならない」とし、「主流の価値観」をそこに組み込むよう求めた。経緯は、『南京日報』の評論(2026年7月27日)が偽史論の一掃を求め、四川日報系の『封面新聞』が過大視を戒め、『中国社会科学報』(8月20日)が偽史論をイデオロギー上の安全を脅かす歴史虚無主義の変種と位置づけ、『求是』がこれに続いた、というものである。詳しくは拙稿「歴史の解釈権と小さな火種」『週刊東洋経済』「中国動態」、2026年10月3日号、22–23頁を参照。同稿は東洋経済オンライン(2026年9月24日)に「『唐王朝は存在しない』荒唐無稽な歴史議論に中国共産党が本気で激怒――当局が『歴史の解釈権』を掌握したい3つの理由」の題で掲載された。https://toyokeizai.net/articles/-/958488 なお投稿の拡散とアルゴリズムをめぐる経緯については、安江伸夫「“唐朝不存在”説の拡散」(霞山会、2026年9月15日)。https://www.kazankai.org/media/cl/a2291
[12] 宋月紅「論『国家歴史安全』与当代中国史的研究編纂」『歴史教学問題』2016年第5期、4–12頁。宋は当時、中国社会科学院当代中国研究所理論研究室主任。
[13] 夏春濤「構建中国近代史学科自主知識体系芻議」『近代史研究』2026年第4期、4–14頁。夏は近代史研究所党委書記・副所長、歴史理論研究所所長を経て、2023年に近代史研究所所長に就任。「独立の精神、自由の思想」は、陳寅恪が王国維の記念碑に記した言葉として知られ、中国で学問の独立を語るときに繰り返し引かれてきた。歴史研究における政治的要求と学術的自律の関係については、角崎信也「習近平政権下で『抗日戦争』研究はどう変わったのか――専門誌の分析から浮かび上がる両義性」(『中国学.com』、2025年7月2日、https://sinology-initiative.com/politics/2674/)を参照。同論考は、『抗日戦争研究』掲載論文783本の内容分析から、党の歴史言説が研究に反映される一方、学界が一定の自律性を保つという両義的な結果を示した。本稿はこうした実際の研究動向と区別し、学問の規範として提示される政治的基準に焦点を当てる。
[14] 習近平「決勝全面建成小康社会 奪取新時代中国特色社会主義偉大勝利」(前掲注2)。報告は、イデオロギー工作の指導権を掌握する課題の一つとして、「落実意識形態工作責任制,加強陣地建設和管理,注意区分政治原則問題、思想認識問題、学術観点問題,旗幟鮮明反対和抵制各種錯誤観点」と述べた。
[15] 「習近平就推動哲学社会科学高質量発展作出重要指示強調 加快構建中国哲学社会科学自主知識体系 更好回答中国之問世界之問人民之問時代之問」『人民日報』2026年5月18日。指示は、中国哲学社会科学の自主知識体系の構築を加速して「中国の問い、世界の問い、人民の問い、時代の問い」にいっそう良く答えること、および党の全面的指導を堅持し強化することを求めた。
[16] 中国地質大学科学技術発展院「関於加強新冠肺炎科研論文発表管理工作的通知」(2020年4月5日)。同通知は、新型コロナウイルスの起源に関する学術論文について、大学内の審査に加えて科学技術部の審査を経たうえで公表するよう求めている。通知の保存・転載は、中国数字時代「【立此存照】関於加強新冠肺炎科研論文発表管理工作的通知」(2020年4月14日)を参照。https://chinadigitaltimes.net/chinese/641583.html
[17] 社会的な圧力のもとで人々が私的な選好と異なる選好を公に表明する「選好の偽装」と、それが公共的な言論や知識に及ぼす影響については、Timur Kuran, Private Truths, Public Lies: The Social Consequences of Preference Falsification, Harvard University Press, 1995 を参照。
[18] 「中華人民共和国憲法」第47条は、公民が科学研究、文学芸術創作その他の文化活動を行う自由を有すると定める。「中華人民共和国高等教育法」(1998年8月29日制定)第10条は大学における研究等の自由を、第34条・第35条は教育・研究活動の自主性を規定する。一方、第39条は、国家が設置する大学における党委員会の指導の下での校長責任制を定めている。
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