1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 第523回 焼き鳥屋の立ち飲みカウンターの隣客 伊藤努

記事・コラム一覧

第523回 焼き鳥屋の立ち飲みカウンターの隣客 伊藤努

第523回 焼き鳥屋の立ち飲みカウンターの隣客 伊藤努

第523回 焼き鳥屋の立ち飲みカウンターの隣客

新型コロナ禍の感染拡大を食い止めるための緊急事態宣言がようやく解除されて間もないある日、自宅からバスで30分ほどのJR中央線・吉祥寺駅近くにある地元の老舗焼き鳥屋の立ち飲みカウンターで、いつもの通りビールを飲みながらモツ煮込みと焼き鳥を口に入れていると、隣りにヘルメットを被ったサイクリング姿の男性がやって来た。年齢は筆者よりは若い50歳前後で、細身にスポーツマンの着衣が似合う。男性はウーロン茶の小瓶と焼き鳥数本を注文すると、目の前で焼かれた串刺しの焼き鳥が盛られた小皿を受け取り、店員に断った上で、カメラにおさめていた。



バス通り沿いにある地元ではよく知られたこの焼き鳥屋の客と言えば、昼間からビールや日本酒、焼酎など思い思いにアルコールを楽しむ中年、高齢者の「呑み助」ばかりで、ウーロン茶を飲みながら、注文の焼き鳥を写真に撮り、早々に引き揚げる気配の男性は客層では珍しい部類だ。

焼き鳥を口に運びながら、「赤線跡を歩く」と題字が大書されたピンク色の冊子のような本を抱えていたのが筆者の目に留まったので、少し離れた男性に思い切って話しかけてみた。何でも、吉祥寺から数駅ほど新宿寄りの阿佐ヶ谷に住んでおり、きょうはこれから八王子の旧赤線街の古い街並みを撮影しに行く予定とのことだった。阿佐ヶ谷と吉祥寺、八王子の位置関係から判断すると、まだ自宅を出発したばかりで、これから20キロほど離れた八王子に向かう前に、昼食代わりに焼き鳥をお腹に入れておこうという旅程なのかと勝手に判断した。愛車の自転車は道路脇に横づけしてあった。

それにしても、多摩地方の有力な商業都市として昔から栄えていた八王子の遊郭の一角を撮影しようという計画には個人的にも興味をそそられた。というのも、会社を退職して自由な時間が増えたこともあって、出身地の神奈川県や長く居住する東京の三多摩地方の歴史や地勢、町の成り立ちなど、郷土史について書かれた本を手当たり次第に読む時間ができ、その延長で甲州街道の要衝として知られる八王子にも関心があったからだ。

最近、古本屋さんで見つけ、買い求めて読んでいるのが、A紙の都内版に連載された記事を上・下の2冊本にした「東京地名考」(朝日文庫)で、この本にも八王子市の幾つかの町が紹介されており、サイクリング姿の男性がこれから向かうという同市の旧赤線街として知られる「田町(たまち)」の成り立ち、由来、昔のにぎわいについても簡潔な説明がある。そのようなこともあって、男性には、東京の多くの町の名前の由来や歴史について、現地取材を基にまとめられたこの好著を紹介しつつ、男性がこの日、どのような写真を撮るのかと思いを巡らした。

二人の目の前で焼き鳥を焼く炭火の煙がもうもうと流れるなか、カウンターの立ち飲みカウンターでの会話は10分程度にすぎず、このまま別れるのも残念と思い、こちらから名刺を渡すと、しばらくして男性からも名刺を頂戴した。名刺には「旅行作家 石田ゆうすけ」とあり、帰宅後にパソコンで名前を検索して驚いた。正しく紹介するため、ネット情報の一つをそのまま転載させていただく。

■石田ゆうすけさんプロフィール
1969年、和歌山県白浜市生まれ。(現在は東京に在住)
20歳のとき自転車で日本一周。26歳のとき自転車世界一周の旅に出発。当初3年半の予定だったが、気がつけば7年半も走っていた。
帰国後、『行かずに死ねるか!』を上梓、作家としてデビューする。その著書は韓国、台湾、中国でも発売され、ベストセラーに。文筆活動の傍ら、全国の学校や企業で講演も行っており、これまでの講演回数は200以上にも及ぶ。(アメリカ、台湾でも講演)

■世界一周の旅の軌跡
期間     1995.7.15〜2002.12.30(7年5カ月)
訪問国数   87カ国
走行距離   9万4494キロ
パンク回数  184回
使用タイヤ   37本

■その他の著書
『いちばん危険なトイレといちばんの星空』(幻冬舎文庫)
『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)
『道の先まで行ってやれ!』 (幻冬舎文庫)
『大事なことは自転車が教えてくれた』(小学館)
『台湾自転車気儘旅』 (メディアファクトリー)など。


 転載させていただいたネットの情報は以上の通りだが、初対面の方がこのような経歴を持つ人物だったとは。これまでの長い人生でも極めて珍しい体験となった。これだから街歩きは楽しい。

タグ

全部見る