第514回 SNSで人気になったタイの観光スポット 直井謙二

第514回 SNSで人気になったタイの観光スポット
今年の1月にタイを訪問した。9年間も住んだ国だけに帰国後20年以上経っても第2の故郷のような感覚が残っていてほぼ毎年タイを訪れている。今年も35年以上の付き合いになるタイ人の友人が歓迎してくれた。友人は筆者を観光地に連れて行き、もてなしたいようなのだが、9年間の駐在でほとんどの観光地を訪ねつくしてしまっている。どこに行きたいか尋ねられてもこちらも困ってしまう。それをタイの友人は筆者が遠慮していると受け取るのだ。
今年は若者によるSNSの拡散で最近観光地として有名になった筆者の知らないところに案内してくれるという。バンコクから西に70キロ、メークロン駅近くのタラード・ロムフープというところだ。タラードはタイ語で市場つまりロムフープ市場ということになる。この市場はシャム湾に近いため新鮮な魚介類が豊富だが、食料それに日用品を扱うどこにでも見られる市場だ。ただ特徴的なのは商品が店に隣接する鉄道の枕木や線路にまではみ出していることだ。むろん鉄道が先に敷設され、後から市場が不法にはみ出してきた。かつて不法占拠は珍しいことではなかった。

80年代の中ごろまではバンコクの中心にあるルンビニ公園ですら一部は不法占拠されていた。地方の貧しい人たちが職を求めてバンコクに集まり、自然にバラックが建ってしまった。柔軟な社会のタイでは見逃されてきたが、さすがに今では首都圏の不法占拠は減ってきている。鉄道が発展する前に車社会がやってきた東南アジアでは列車の運行数が少ないため、フィリピンなどでも線路の不法占拠はよく見られる光景だ。
ロムフープ市場では暑さを避けるためのビニール製の日除けが線路にはみ出し、列車の運航をふさいでいる。一日、8本の列車が通るのだが不法占拠の店より列車の方が遠慮がちだ。列車は汽笛を鳴らし近くまで来ていることを商店に伝える。すると商店主は手際よく日除けを取り外し、商品を店の中に引き込む。(写真)運転手は笑顔で作業が終わるのを待つ。手間を省くため列車の床より低い位置に置かれた商品はそのままにしておく。列車に引っかかるのではないかと心配になるが、列車は商品をぎりぎりにかすめて通過して行く。長年の作業で培った感だ。
列車の窓からは観光客が身を乗り出すようにして手を振り写真を撮っている。列車が通り過ぎれば市場はたちまち元に戻る。こうしたインスタ映えする動画や映像が世界中に拡散し、欧米やマレーシアなどの観光客でにぎわっていた。日本同様、お仕着せの観光地よりSNSで知った珍しい風景や人々の生活に人気が集まるようだ。
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