第482回 揺れるタイの国技「ムエタイ」(上) 直井謙二

第482回 揺れるタイの国技「ムエタイ」(上)
タイの伝統国技であるムエタイの試合で去年11月、13歳の少年がノックアウトされ脳出血で死亡した。ムエタイは足蹴りや投げ倒すことも許される。試合は大人の闇の賭けにも利用されている懸念があり、規制すべきだという声が再び上がっているという。

20年前取材した時、タイ国会は15歳以下の少年のムエタイを禁止する法案の審議中だった。今回の事故は法案がまだ成立していないことを示した。古い話になるがタイのムエタイの名選手でその後ボクシングに転身し、ロスアンゼルス・オリンピックで銀メダルに輝いたカオポン選手を取材したことある。
カオポン選手の自宅はバンコク郊外にある豪華な一戸建、室内には数えきれないほどの優勝カップやメダルと共に電化製品がそろっていた。ムエタイやボクシングが栄光だけでなく豊かな生活をもたらしたことを示していた。取材中に幼稚園に通う息子が送迎バスで帰宅した。父親の顔に戻ったカオポン選手は息子を迎えにでた。
カオポン選手は少年のムエタイ禁止法案に反対しながらも息子にはムエタイをやらせたくないと本音を漏らした。ムエタイは苦痛だし危険で充分豊かになった現在、息子がムエタイをすることは考えられないという。
少年によるムエタイの実態をバンコク郊外の中学校で取材した。放課後の学校では目を輝かした生徒がクラブ活動に打ち込んでいた。ボクシング部でも数人が軽いスパーリングの練習をしていた。なかでもA選手の動きはとても目立ち、中学生とは思えない。A選手は中学に通う学生とプロのムエタイ選手という二つの顔を持っていた。
クラブ活動を終えたA選手はムエタイ練習所が併設されているアパートに帰宅した。14歳のA選手は12歳の時から親元を離れ、ムエタイ選手の育成を目指す練習所のアパートで集団生活をしていた。バンコクのルンビニ公園近くにあるサムロン・スタジオでA選手の試合を取材した。大勢の少年のムエタイ選手が集まり、試合は涼しくなる夜から未明まで続く。21時ごろA選手の試合が始まった。二人の少年が激しく渡り合い、時に足で頭を蹴り上げ床に投げ倒す。(写真)リングの外にいる大人の観客は興奮しながら試合の成り行きを見守る。その表情は真剣そのもので試合の観戦より自分の賭けの結果に注目していると確信した。
およそ30分の試合が終わりA君は判定で勝利した。この試合でA君は2,500バーツ、日本円でおよそ7,500円のファイトマネーを獲得した。
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