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第493回 人工知能(AI)に負けないための秘策とは 伊藤努

第493回 人工知能(AI)に負けないための秘策とは 伊藤努

第493回 人工知能(AI)に負けないための秘策とは

先ごろ、都内であった講演会で「人工知能(AI)がもたらす人間と社会の未来」というテーマで、この分野を専門に研究する気鋭の女性学者の話を聞く機会があった。AIは近年、情報技術(IT)を活用したビジネスモデルとして応用の幅が広く、人間の仕事を奪うのではないかといった懸念の声も上がっているが、演壇に立った女性研究者は講演の冒頭、「私はAIが好きではなく、どちらかと言えば嫌いなんです」と切り出し、会場を笑わせた。

さて、AIについて詳しい知識も理解もない筆者にとって、講演での専門的な話の紹介は荷が重いので、大変興味深く思ったポイントの幾つかを綴ってみたい。

講演した女性研究者の専門は数理論理学で、そうした学問的立場から、最先端の技術革新(イノベーション)の一つとして大きな注目を集めているAIの可能性とその限界、将来の社会に与える影響を研究しているのだそうだ。女性講師の名前はここでは控えさせていただくが、数年前まで行われていたAI研究プロジェクトの一環である「ロボットは東大に入れるか」という通称「東ロボ君」の生みの親と言えば、ピンとくる方も多いはずだ。グーグルやヤフーの検索で、「東ロボ君」と打ち込めば、A教授の名前がたちどころに出てくる。

日本で入学試験が最も難しい大学とされる東大に合格させるための受験勉強を東ロボ君というAIに課したA教授の試みは、2013年から16年まで4年間にわたって続いたが、偏差値は年々上がり、最終年度は偏差値52・8となり、有名私立大に合格できる水準には達したものの、もっと高い偏差値が必要な東大入試を突破するには至らなかった。この結果をどうみるかは人によってさまざまだろうが、有名私大の学生レベル(上位層の2割)と言えば、人間に取って代わる存在(労働力)として脅威にもなり得ることはある程度まで確認できたわけだ。当時、マスコミでも大きく取り上げられた話題の多い実験だったが、「AIの可能性と限界、社会への影響」を考える上では貴重な実験プロジェクトだったことは確かだ。

女性講師はこうして、演繹(えんえき)によって解答を導き出す力や問題を読み解く力、文脈を読むといった観点からAIの強みと弱点を幾つかの例を挙げながら説明した後、日本における最近の小中高校生らの読解能力の低下に話を進めた。A教授は国立研究機関の教授を務める傍ら、社団法人「教育のための科学研究所」の所長も兼任しており、東ロボ君プロジェクトを含めたこれまでのAI研究の成果の一端は、「AI VS.教科書を読めない子どもたち」(東洋経済新報社刊)という売れ行き好調の新刊書で詳しく紹介している。

今回の講演では、自らが作成した模擬試験での多くの文章問題で、簡単な問題文の内容が理解できないために、正しい解答(正答)を選択できない傾向が強まっていることを指摘し、小中高の教育現場では教科書をきちんと読み、それが理解できるようにすることの重要さを説いた。A教授は身近な例として、子どものころ算数・数学の勉強で自分が問題が解けるまで格闘し、それが解けたときの喜びを振り返りながら、今の子どもたちは問題を見て、難しいと思うや数分で考えることをあきらめ、解答を見て暗記する勉強の仕方になっていることに危機感を募らせていると語った。

講演の後の質疑応答で、会場から「なぜ最近の子どもは読む力が低下したのか、その理由について教えてほしい」という質問が出たのに対し、A教授は「(少子化で)昔より子どもが減り、一人の子どもに手を掛けすぎることが逆効果になっているのではないか」と語り、教育現場では近年、鉛筆の芯の減りが少ない昔のHB鉛筆が使われなくなり、穴埋め問題に対応するためのBや2Bの鉛筆がはやっている現状を紹介した。その上で、小学生や中学生のときには、教師が黒板に書いた板書をHBの鉛筆でせっせと書き写す「アナログ的でスパルタ式のやり方が読む力を上げることに役立つ」と断言していた。これから社会でますます普及していくであろうAIに打ち勝つためには、読解力という点では優れている人間の側が「読む力」を鍛える重要性を改めて知ることができた。
 

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