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第487回 ベトナム人尼僧、タム・チーさんのボランティア活動 伊藤努

第487回 ベトナム人尼僧、タム・チーさんのボランティア活動 伊藤努

第487回 ベトナム人尼僧、タム・チーさんのボランティア活動

前々回の本欄で「べトナム人に寄り添う都心の寺院『日新窟』を訪ねて」というタイトルで、技能実習生や留学生として日本に滞在中に不慮の死を遂げたベトナム人の若者らを弔っている東京都港区の芝公園近くの浄土宗の寺「日新窟」の活動の一端を紹介した。ただ、今年2月末に最初にこの寺を訪れたときはたまたまご不在でお会いできなかったベトナム人尼僧、ティック・タム・チーさんに改めて短時間、面談の機会を取っていただく約束を取り付けた結果、ご自身の生い立ちや仏教を学ぶために日本に留学した事情、日新窟を拠点にした尼僧としての幅広い活動などについて伺うことができた。

日本国内でさまざまな理由によって非業の死を遂げた同胞のベトナム人の若者らの葬儀に絡む手続きや本国にいる遺族への遺骨引き渡し、慰霊の法事など幅広い活動をボランティアとして行っているタム・チーさんについては、昨年以降の外国人材の活用に道を開く入国管理法改正案をめぐる国会審議のさ中に、ベトナム人の技能実習生らが国内各地で過労死したり、借金苦などから自殺に追い込まれたりするケースが相次ぎ、そうした報道に関連して日本のメディアでも関係者の一人として取り上げられるようになったため、読者の中には彼女のことを知っておられる方もいるかもしれない。

たまたま、ベトナムのことに関心を持つ筆者ら一行がタム・チーさんに面談した当日、A紙も法務省が技能実習生の死を把握していなかったことを伝える記事の中で彼女に取材しており、「死者はもっと多いはず」というコメントとともに僧衣姿のタム・チーさんの写真を掲載していた。

増上寺のある芝公園にほど近い日新窟でようやく会うことのできたタム・チーさんは小柄の坊主頭で、41歳という年齢よりはずっと若く見え、姿・格好から、最初は青年の僧侶かと錯覚した。本人も、若い時分に都内にある公衆トイレで女性用トイレを利用しようとしたところ、「周囲の人から男性と勘違いされ、親切に注意されたこともあった」と笑っていた。ベトナムにいたときから日本語の学習を始め、留学した日本の仏教系大学で博士課程を修了したこともあって、言葉は流暢で、仏教用語の難しい漢字も紙にすらすらと書いて解説してくれるほどだった。大学院での研究テーマは「禅における俳句について」とのことで、尼僧であると同時に素晴らしい日本の宗教・伝統文化の専門家であることも分かった。

一般社団法人「在日ベトナム仏教信者会」の会長の肩書を持つタム・チーさんとの面談では、ベトナムで育った家庭環境や7歳のときに得度して厳しい仏門に入った経緯、その後の僧侶になるための修行、日本への留学を決めた動機、仏門での恩師に当たる日新窟の住職・吉水大智師(76)との出会いを経て、この寺を拠点に日本国内で亡くなったベトナム人同胞を弔う活動を始めた事情などを尋ねていった。紙幅の関係で、詳しいやりとりは次回に紹介するとして、初対面であるタム・チーさんと筆者ら一行のメンバーの一人である日高敏夫氏(元在ベトナム経営コンサルタント事務所代表)の間に、奇跡的とも言える接点あるいは縁があることが分かり、座は一挙に盛り上がった。

そのキーワードは、タム・チーさんが幼少期を過ごしたベトナム中部高原のザーライ省であり、同省に多く住む少数民族ジャライ族の生活・文化・伝統にお二人が通じていることだった。日高氏が以前訪れたザーライ省のある村で撮影した写真をスマートフォンから何枚も画面に取り出し、タム・チーさんに見せると、「この村の家を知っていますよ! 知り合いがこの中にいます」と声を上げた。この様子を見て、仏縁あるいは現代の通信機器が結び付けた不思議な出会いに大いに驚いた。(この項、続く)
 

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