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第485回 「平成」の終わりで思うこと 伊藤努

第485回 「平成」の終わりで思うこと 伊藤努

第485回 「平成」の終わりで思うこと

30年余に及んだ平成の時代が終わったが、昭和の時代のほぼ半ばから平成の世を生きた筆者の感慨の一つが、昭和の年号と西暦の年号が記憶の中ではきちんと一致しているのに対し、平成と改元された1989年以降については、平成の年号と西暦の年号がすぐには結び付かないということだ。もう少し具体的に説明させていただければ、平成の30年余りのその年ごとの主要な個人的な記憶や内外での大きな出来事はすべて西暦の年号ではかなり正確に記憶し、思い出すことができるのだが、それが平成の年号ですぐには言うことができないのだ。加齢のせいだけではないだろう。

年号の記憶に関するこうした個人的経験は他の方ではどうなのかは分からないが、どうして元号の年と西暦の年号に昭和と平成でこのような差が出た理由については思い当たることが幾つかある。

昭和の年号と西暦の年号を一致して記憶できている最大の理由は、誕生してから昭和の時代が終わる1989年(昭和64年)までの時代は、幼年から小学校、中学校、高校、大学までの学生時代には1年ごとの記憶がその時々の学校生活、先生・友人などとともにいまだに脳裏に刻まれているほか、社会人になって以降の時期も職場での配置転換や転勤、結婚、子供の誕生といった人生の節目ごとの出来事の記憶がまだしっかり残っているためだろう。

これに対し、昭和天皇の崩御を受けて平成に改元された1989年以降の年号の記憶が「西暦一本槍」となった理由は、国際ニュース報道に従事していた筆者の職業上の理由が大きく関係している。西暦による年号の記憶ということでは、昭和の時代に起きた世界的な事件、出来事については西暦での記憶の方が正確だ。ちなみに、昭和から平成に改元された1989年は、東西冷戦が終結する引き金ともなった「ベルリンの壁」が崩壊した年で、筆者が特派員として現地でニュース取材に当たったこの世界史的事件の記憶はやはり、平成元年の出来事というよりも1989年に起きたこととして脳裏に刻まれているのではないか。

日本で起きた大きな事件や災害などの年号に関しては、西暦よりも昭和あるいは平成の年号で思い出す方が圧倒的多数派だろうが、筆者の場合はここでもやはり西暦の年号での記憶が確かなので、やはり職業上の理由でそのような西暦重視の年号記憶になったのかもしれない。

テレビやラジオなどの歌番組で、司会者らが当時の流行歌が発表された年について、昭和35年とか平成10年などと紹介するが、このようなケースでも昭和35年という年であれば、当時の世相や自分の置かれた環境などがたちどころに思い出されるのに対し、平成10年と言われてもピンとこないのである。ようやく、1989年が平成元年であることを思い起こして、頭の中で暗算して西暦の年号に直す作業をしてようやく1998年(平成10年)当時の時代状況や個人の生活環境などが思い出されるといった具合なのである。

人間の記憶とは不思議なもので、若い頃の記憶はかなり鮮明なのに対し、大人になり、中年、熟年、高齢者の仲間入りという形で年齢を重ねていくと、その時々の記憶は若い時分に比べ、あいまいになったり、薄れたりすることは多くの方が経験することだろう。平成の時代について、年号と結び付いた記憶がほとんど浮かばない筆者は紛れもなく、「昭和の時代」を生きた実感がいつまでも消えない昭和世代の典型なのだろう。
 

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