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第20回 役目を終えた?作り物の「世界」:北京世界公園 東福大輔

第20回 役目を終えた?作り物の「世界」:北京世界公園 東福大輔

第20回 役目を終えた?作り物の「世界」:北京世界公園

中国の映画監督、賈樟柯(ジャー・ジャンクー)の2004年の作品に「世界」がある。テーマパーク「世界公園」で働く若者たちの物語だ。次々とシネマ・コンプレックスが建ち、ハリウッドの娯楽大作に巨費を供出する一方で、このような文芸作品も制作しているのが中国という国である。実際、この映画は抒情的な映画を得意とするフランス・日本との合作となっている。

主人公タオは公園のイベントのダンサー、その恋人タイシェンは守衛主任として働いていて、彼らをとりまく仲間たちの間で次々と事件が起こる。結婚や愛人関係など、ドラマとしてはお約束のものだが、それらに通底して流れているのは「世界に飛び出していきたいが、中国という国に囚われてしまっている私」が醸し出す寂寥感である。そのアナロジーとして描かれているのが物語の背景である「北京世界公園」だ。

エッフェル塔やピサの斜塔といった世界の有名建築をバックに、ゆっくりと紡がれてゆく物語は、アメリカがベトナム戦争で自信を失っていた時代の「アメリカン・ニュー・シネマ」を見ているかのようだ。ゼロ年代、中国は凄まじいスピードで発展してゆく経済の代償として、格差が増大し、さまざまな社会問題・環境問題が噴出していた。この映画は、自信を失っていた中国人のためのある種の「ロード・ムービー」ともいえる。本来、ロード・ムービーとは各所を旅してゆく旅物語の事だが、中国の人民は戸籍管理によって生まれた土地に縛り付けられており、海外はおろか国内も簡単に旅することはできない。世界の建造物のコピーが集められた箱庭で描かれるストーリーは、いかにも「中国的なロード・ムービー」を意図していると言えるだろう。

残念ながら、重要な場面のロケーションはこの公園よりも大きな深圳の「世界の窓」で行われたそうで、映画に登場する建物は殆どない。この公園にあるコピーはいずれも小ぶりで、縮尺が10分の1のものが多い。売店になっている桂離宮や園内を横断する万里の長城などの大きめに作られたものを除けば、バチカンやタイ王宮など、外から眺めるようなミニチュアがほとんどで、かなりのガッカリ感がある。だが、それぞれの詳細部分を眺めるに、1993年の開園時にはさぞかし華々しかったことだろうと思う。

この公園の片隅に池があり、ニューヨーク・マンハッタン島の建物が作られている。ロックフェラー・センター、国連ビル、エンパイア・ステート・ビルなどの建物に混じって中央に屹立しているのが9.11テロの標的となったワールド・トレード・センター(WTC)である。またその傍らにウォルドーフ・アストリア・ホテルのコピーがある。WTCは無くなり、アメリカを代表する高級ホテルだったウォルドーフ・アストリアは中国企業に買収され、近々その大部分が分譲マンションとして改築されるそうである。

江沢民が公園名を揮毫して公園がオープンしてから20年を経、映画「世界」が公開されてからも10年が経った。その間、人々の海外旅行は緩和され、今となっては中国マネーを握りしめた人々が世界中のモノ、不動産を買いあさっている状態だ。90年代の中国人が憧れた「世界」を冷凍保存している公園として、今後この公園はこれまでとは違った意味を持つことになるかもしれない。


写真1枚目:マンハッタンの建物群。中央に建つのがWTC、中央手前左がウォ ルドーフ・アストリア・ホテル。
写真2枚目:パルテノン神殿で新婚写真を撮影するカップル。
map:<世界公園>
北京市豊台区。地下鉄房山線「大葆台」駅下車、B出口から徒歩5分。4月20日-10月31日:8:00-17:00、11月1日-4月19日:8:00-16:30 大人100元、学生60元


 

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