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第17回 施主の受賞物件:長城脚下的公社 東福大輔

第17回 施主の受賞物件:長城脚下的公社 東福大輔

第17回 施主の受賞物件:長城脚下的公社

有能なディベロッパーとしての、張欣(ジャン・シン)の功績を最もよく示しているのが、北京の北東、八達嶺の近くにある「長城脚下的公社(Commune by the Great Wall)」である。八達嶺というところは、万里の長城をもっともよく観察できる場所として観光客に人気のスポットで、北京から比較的近いので国家の貴賓もよく訪れる。この周辺には数本の万里の長城が通っており、山の稜線には必ずといっていいほど長城が載っていて、一角にプライベート・ビーチならぬ「プライベート万里の長城」をもつような敷地も多い。大気汚染が問題になっている北京中心部からは程よい距離で、一帯に植わっている栗には春になると花が咲き乱れる。そんな長城に囲まれた魅力的な場所を選んで、この建物群はつくられている。

この長城脚下的公社は、当初は11のヴィラ(別荘)と1つのクラブハウスをもつコテージ型のホテルとして建てられた。オペレーションを行っているのはドイツの高級ホテルチェーンのケンピンスキである。美術家・艾未未(アイ・ウェイウェイ)らによって選定された建築家たちは建物と同じ数の12人。日本からは、坂茂、古谷誠章、隈研吾らが選ばれ、韓国、タイ、シンガポール、そして中国の建築家も含んでいる。

韓国の承孝相(スン・ヒョサン)が設計したクラブハウスにはレセプションがあり、そこで手続きをすれば空いているヴィラをいくつか見せてもらえるだろう。なお、このレセプションの傍には金獅子がうやうやしく飾られている。これは2002年のヴェネチア・ビエンナーレ建築展で、アジアの建築文化の発展に寄与したということで施主の張欣に贈られたものだ。建築の賞は設計者や施工者に贈られることはあっても、施主に贈られる事は少なかった。だが、特筆すべき建築を生むためには施主の理解と協力は不可欠であり、名作の裏にはそれをサポートする施主の姿が必ずある。「理解ある」施主のために作られた賞を、初めて受賞したのがこのプロジェクトを主導した張欣だったのである。

それぞれの建築家たちは、いずれも500m2前後、おおむね3-5個のベッドルームをもつヴィラを設計している。家具で建物全体を支える坂茂の手による「竹の家具の家」、床が動いてキッチンなどが現れるゲイリー・チャンの「スーツケースの家」、古代中国の工法である版築を大きくあしらった張永和設計のものなど、それぞれのデザインはバリエーションに富んでいて面白いが、中でも有名なものは隈研吾設計による「グレート(バンブー)ウォール」であろう。建物全体を竹で隙間なく覆っており、特に水に浮かぶ茶室の部分は日本のテレビ・コマーシャルにも登場したので見たことのある人も多いだろう。

中国と聞いて竹林を思い浮かべる日本人は多いかもしれないが、実は中国の北方には竹は多くは生育せず、乾燥した空気によって変色して脆くなってしまうため、北京人には嫌う人々が少なくない。ただし、外国人となると話は別で、中国のイメージ通りのこのヴィラは非常に人気があるという。竹でくまなく包む事によって、荒い中国の施工精度を隠すと同時に、「非日常」感を出す事にも成功しており、隈研吾の作戦勝ちといえるかもしれない。

後年、これらの建物のうち、人気のあるヴィラは増設された。もちろんこの「グレート(バンブー)ウォール」も増設されたものの一つだ。山沿いの道にこの建物が立ち並ぶ姿は、チャンスと見てがめつく儲ける中国人の姿が重なって見えてくるかのようである。


写真1枚目:香港の厳迅奇(ロッコ・イム)設計の「奇院子」の内観。窓の外、正面に見えるのは中国の崔恺(ツイ・カイ)設計の「3号別荘」。
写真2枚目:隈研吾設計の「グレート(バンブー)ウォール」
map:<長城脚下的公社>北京市延慶県。北京中心部より京蔵高速で約70キロ、八達嶺長城近く。


 

《華北の「外国」建築をあるく 東福大輔》前回  
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