第351回 垣間見たベトナムの交通事情(上) 伊藤努

第351回 垣間見たベトナムの交通事情(上)
最近、ベトナムの中部ダナンと南部のホーチミン市(旧サイゴン)を駆け足で回ってきた。ベトナム訪問は十数年ぶりなので、その後の目覚ましい経済発展の様子や40年前に終結したベトナム戦争の戦跡を見るのが主な目的だったが、この国の鉄道事情も知りたかったので、ダナンからホーチミン市までの約1000キロの移動は17時間もかかる南北統一鉄道を利用した。ベトナムの知り合いからは、国内の航空便なら2時間足らずで行けるというので、列車での移動計画を遠回りに反対されたが、ここは何事も経験ということで、首都ハノイ発ホーチミン市のサイゴン駅行きの寝台車両にダナンで飛び乗った。
経済発展が著しいベトナムでは、ハノイに乗り入れる新幹線計画があると聞いていたので、鉄道の技術レベルはどの程度あるかという個人的興味もあった。結論から言うと、ハノイ―ホーチミン市の南北1700キロを結ぶ鉄道の大動脈であるはずのこの路線もまだ電化されておらず、鉄道先進国の日本と比べると、50年から60年遅れているというのが実感だった。とても一挙に日本の新幹線レベルの最先端鉄道システムが導入できるとは到底思えない。

ハノイを出発しホーチミン市の「サイゴン駅」に到着した統一列車
さて、その統一列車だが、時代物のディーゼル機関車がけん引する重厚な客車が連結され、最高速度は時速80キロほどだった。また、ほぼ全区間単線で、上り下りの列車がそれぞれ毎日5、6本運行されているので、すれ違うときは最寄りの駅で通過待ちすることになる。鉄道好きの方には、良く言えば重厚壮大なベトナム南北統一鉄道は垂涎の的かもしれないが、筆者らが乗った列車の寝台車両は各客室の寝台は3段で、窮屈なこと、この上ない。前述の知り合いによれば、寝台がスペースの広い2段の客室もあるそうだが、すぐ予約で埋まってしまうため、なかなか利用がかなわない。
以前、出張先の大阪から帰京する折に、寝台特急を利用したことがあり、ゆったりした客室スペースに大いに満足したが、それに近いものをベトナムの寝台列車に望んだのが甘かったということだ。
前夜の午後11時前にダナンを出発し、翌日の午後4時すぎにホーチミン市のサイゴン駅に着いたときにはさすがに疲労困憊の状態だった。700万都市の同市で待ち受けていたのは、ベトナムではお馴染みのオートバイの大洪水。ちょうど、帰宅時間に差し掛かるラッシュアワーの時間帯だったとはいえ、走行する乗用車を包囲するかのようなオートバイの洪水に、車内で思わず「危ない!」を連発してしまった。
なぜ、これほど大量のオートバイがありとあらゆる道路を走り回っているのか、その理由の一端が少しずつ分かってきた。最大の理由は、日本の都市交通を支える近距離鉄道網や地下鉄路線がこの地には全くないためだった。つまり、東京のJR山の手線や中央線、私鉄、東京メトロの地下鉄の各路線などを利用している乗客がすべて、道路に出てきてオートバイを使って移動していると思えば理解しやすい。