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第6回 北京で実現した「建築家の夢」:当代MOMA(リンクト・ハイブリッド) 東福大輔

第6回 北京で実現した「建築家の夢」:当代MOMA(リンクト・ハイブリッド) 東福大輔

第6回 北京で実現した「建築家の夢」:当代MOMA(リンクト・ハイブリッド)

北京中心部を一周する「二環路」のすぐそばに、9本の高層ビルをブリッジでつないだ異様な形の建物がある。当代置業というディベロッパーによる、「当代MOMA」という700戸の集合住宅だ。「当代」とは“Contemporary”、すなわち「現代」の意で、MOMAは字義通り訳せば“Museum of Modern Art”、すなわち「近代美術館」であるので、無理くり日本語に訳すと「現代的近代美術館」という珍妙な名になってしまう。もちろん美術館ではないので、なぜ開発名が“MOMA”なのか?と頭をひねってしまうが、どうやら、中国人にとっては「モマ」という言葉にはとても甘美な響きがあるらしい。ただ、少なくとも設計した米国の建築家、スティーヴン・ホールもこの名が好きではないようで、この建物を“Linked Hybrid”(リンクト・ハイブリッド=リンクされた異種交配体)という名で呼んでいる。

複数の高層ビルがブリッジで繋がる、というアイディアは、近現代の建築家の多くが夢想してきたが、実現したものは非常に少ない。その原因は拍子抜けするくらい簡単で、「そもそも、それだけの技術的/コスト的なリスクを負う価値がない」のだ。例えば、高層ビル内に自分のオフィスやマンションの一室を保有しているとして、隣のビルの一室に行かなければならない用事はどのくらいあるだろうか。少なくとも、1階まで降りるのが苦にならないくらいの頻度だろう。また同じように、ディベロッパーにとっても、皆が使う用途を空中に浮かべる動機はほぼ無いと言って良い。

もちろん、スティーヴン・ホール自身も実現の難しさは分かっていただろう。プレゼンテーションは、北京の都市構造の変化に始まって、最後には画家アンリ・マティスの「ダンス」を示し、お互いの手を取り合いながら踊る人々のように、複数のビルが空中の回廊で結ばれる姿を見せる、という情感に訴えかけるものだったようだ。そして、ディベロッパーの社長(中国の場合、大体が「ワンマン社長」である)はこれを気に入り、実現を約束した。後に、米誌に「鳥の巣」などに混じって「中国の10の建築の奇跡」という特集に取り上げられ、ディベロッパーを喜ばせたという。確かに、このような建物が建つのは「奇跡」に近い。CCTVの項でも書いたように、経済の隆盛、社会に充満する未来への楽観、野心的なクライアント…などの条件が揃わなければ、実現することはまずないからだ。

それぞれの高層棟を繋ぐ回廊の部分は、スポーツ・クラブが充てられている。ランニング・マシン室、マシン・トレーニング室、体操室などがズルッとひと続きの空間に収まっており、ブリッジの一つには非常に重量の大きなプールが入っている。さらに、この建物では、目に見えないところで消費エネルギー量を低減させる対策が行われている。地熱を利用するために、地下100mまで700本以上のヒートポンプを打ち込み、冷暖房は輻射冷暖房システムを導入し、ブラインドは熱の影響を受けにくい外部ブラインド…それぞれの詳しい説明は省くが、どれ一つとっても頭がクラクラするような凄まじい作業量となる。

実際、ホール事務所では、ニューヨーク事務所の20人弱のスタッフがほぼ全員このプロジェクトにかかりきりだった時期もあったという。だが、そのような建築家側の血の滲むような努力の一方で、街区全体はクライアントが決めた中国風の壁で囲まれ、肝心のブリッジ部分も「部屋の中が見えてしまう」との理由でほとんど使われていない。これを見た設計士たちは、はたして中国的なアレンジに耐えるような建築はあり得るのかを考えさせられるのである。


写真1枚目:高層棟がブリッジでつながり合う。中央にあるのは映画館。
写真2枚目:ブリッジの中からの眺め
map:<当代Moma(リンクト・ハイブリッド)>
北京市朝陽区。地下鉄2号線「東直門」駅でバス915路に乗り「左家庄」バス停下車、徒歩10分


 

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