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第587回 音声記事配信に挑戦する新聞記者のA君 伊藤努

第587回 音声記事配信に挑戦する新聞記者のA君 伊藤努

第587回 音声記事配信に挑戦する新聞記者のA君

本欄でも以前紹介したことがある若者だが、十数年前に報道機関への就職活動の際にたまたま知り合った学生で、希望の新聞社に入社したA君から最近、近況を伝えるメールが届いた。何でも、何カ所かの地方支局勤務を経験した後に、取材する記者から本社のデジタル報道部門の編集者に配置替えとなり、紙の新聞紙面の記事とは異なるさまざまな加工が可能なデジタル報道のコンテンツづくりに取り組んでいるとのことだった。数百万部の発行部数を誇った全国紙も近年、パソコンやスマートフォンでニュースを読む読者層が増えていることもあって新聞購読者が年々減っているため、デジタル報道に力を入れており、メディアで働く記者やスタッフの仕事は大きく変化しているようだ。

A君のメールでの近況報告でもう一つ驚かされたのが、スマートフォンなどで国内外のさまざまなニュースを受け取るユーザー向けの魅力あるコンテンンツづくりの仕事の一方で、音声による記事の配信にも取り組んでいると聞かされたことだ。米国などで一足先に始まった音声配信記事は英語で「ポッドキャスト」と呼ぶそうで、わが国でも数年ほど前から全国紙の多くがサービスを開始しているという。音声配信記事はパソコンやスマホで聴取するので、「インターネットのラジオ版」という言い方もできる。

筆者もかつて、報道の世界で40年余りにわたって仕事をしてきたが、活字でニュース記事を伝えることを専門にしてきた新聞社がラジオ番組のような方法でユーザー向けにニュースを流すとは、旧世代にとっては思いもつかなかった記事配信方法だ。

新聞社を含むメディア各社はすでに、デジタル化時代を迎え、IT大手のプロバイダー向けや自社サイトへのニュース配信でしのぎを削っており、スポーツや芸能などを含む国内外の記事・写真を閲覧するユーザーのアクセス数などによって得られる広告収入への依存を高めている。新聞購読者は少子高齢化などの社会情勢の変化もあって今後とも低落傾向が続く可能性が強く、デジタル報道部門の強化、てこ入れは、メディア各社にとって重要な経営戦略ともなっている。

A君が取り組んでいるという音声配信記事は、従来の活字で伝えるニュースではなく、音声記事でニュースをユーザーの元に届けるというサービスだ。こうした音声記事は、新聞紙面やデジタル報道で伝えきれなかった現場の記者が、取材時の思いやニュースとなった事件・事故などの取材対象の詳しい背景について、自由に語ることで聞き手であるユーザーに理解を深めてもらうという狙いもある。

従来のニュースは、新聞の場合だと紙面に限りがあるため、記事の長さにもおのずと制限があった。しかし、インターネットを経由するデジタル報道では、記事の長短の制約が取り払われるメリットがあり、書き手の記者が思う存分、長い記事を書くことができるようになった。

新しく出てきた音声配信記事は、デジタル報道の枠組みをさらに広げて、書き手の記者の思いを聞き手のユーザーに直接語り掛けたり、訴え掛けたりする効果がある。音声配信記事はまた、スマホなどが日々の生活の中で必須のツールとなった若者世代を中心とするユーザーをターゲットにして、活字だけではない、耳からも入るニュースを送ることによって、メディアの報道により幅広く関心を持ってもらおうという新たな試みでもある。イヤホンを使えば、移動中の電車内などで「ながら聞き」をすることも可能だ。

A君が司会進行役(MC)を務める音声配信記事のURLをクリックすると、2010年の入社同期で、いろいろな事情・都合により6年後に新聞社を辞めた元同僚記者に対するインタビューがそれぞれ30分ほどの前編、後編の音声記事で聞くことができた。インタビューの内容は、新聞記者時代のさまざまな取材の苦労話や個人的な体験などが語られていたが、メディアや記者の役割とは、あるいは仕事と人生、生き甲斐とは……といった大きなテーマをめぐって深く考えさせられる内容もちりばめられていた。インタビューを受けた元記者の肉声を耳にすることで、新聞記事などとは違う元記者自身の本音や感情の起伏もうかがい知ることができた。

A君が勤務する新聞社では毎日早朝、音声記事が1本ずつ配信されているが、扱うテーマは硬軟の時の話題で、極めて多岐にわたっている。すでにストックされた30分程度の音声記事はかなりの本数に上り、お手元のスマホなどでクリックすれば、いつでも聞くことができる。世界や日本のさまざまな出来事やジャーナリストの仕事に関心のある本欄の読者には、新聞社などメディア各社の「ポットキャスト」へのアクセスをお勧めしたい。

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