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中国IT産業の国内規制緩和か-国際的には「スパイ機器、ソフト」の疑いで排除の流れ続く(下) 日暮高則

中国IT産業の国内規制緩和か-国際的には「スパイ機器、ソフト」の疑いで排除の流れ続く(下) 日暮高則

中国IT産業の国内規制緩和か-国際的には「スパイ機器、ソフト」の疑いで排除の流れ続く(下)

<ティックトックの悲劇>

TikTokとは中国の「北京字節跳動科技(バイトダンス)」社が2016年にサービスを開始した動画アプリ。スマホなどの利用者が自主制作した15-60秒の動画を自由に投稿し、視聴に供することができるプラットフォームである。動画の中身は自由で、お笑い、グルメ、演芸、動物ものなど視聴者が興味を持つものなら何でもOK。基本的に投稿も視聴も無料なのでアクセスしやすい。その上、チャット機能もあるので、中国(国内版TikTokは抖音)のみならず、全世界的で人気を呼び、フォロワー数の世界ランキングでトップテンの中に入っている。ちなみに、ユーチューブのように投稿者が金銭を得ようとするなら、人気動画のインフルエンサーとして広告主を探したり、ライブ配信で投げ銭を期待したりする方法がある。

TikTokが中国発のアプリであるために、米国では「インストールすると、個人情報が抜かれる」とのうわさが当初から出ていた。その上、2020年にトランプ大統領が「国家の安全保障上の脅威になっている」として利用を禁止する大統領令を出したことから、一気に忌避感が広がった。この大統領令はその後バイデン大統領によって撤回されたが、2022年12月中にアラバマ、ユタなど9つの州、今年1月に入って早々にウィスコンシン、イリノイ、ニュージャージー州が続き、結局11日までに全米20以上の州単位で、公的機関で同アプリを使うのを禁止する措置が取られた。インディアナ州では個情報窃取の罪で法廷の場に引き出した。

TikTokの使用禁止を国全体で徹底させるため、12月中旬には、フロリダ州選出のマルコ・ルビオ上院議員(共和党)らが法案提出を超党派で呼びかける動きに出た。下院の「中国特別委員会」委員長であるマイク・ギャラガー議員は「TikTokは中国政府が米国人に送り込んだデジタルのフェンタニル(アヘンに似た麻薬)だ」とし、「「青少年がこの動画閲覧にはまり込んでしまうため、全米で禁止すべきだ」と訴えた。TikTok排除の動きは、米国に限らず、欧州にも及んでいる。欧州委員会で反トラスト法の責任者であるマルグレーテ・ベスタガー氏は1月10日、ブリュッセルでTikTok側の幹部と会った際、「世間の批判的な声がますます高まっている」と直に表明。マクロン仏大統領も「ロシアからの偽情報の発信元になっている」と懸念を表明、EUとして将来同アプリの規制に乗り出すことを示唆した。

欧州諸国がTikTokを危険視するのは、やはり同アプリから個人情報が中国の関係当局に流れているのでないかと疑っているためだ。2022年9月、アイルランドのデータ監督機関がEU各国に先んじてTikTokを調査、その結果、EUの個人情報が中国側に渡っていたことを突き止めたとし、EU内の「データ保護条例」違反事案としてブリュッセルの本部に報告した。ドイツ政府の与党自由民主党のデジタル政策担当者も「米国がTikTokを禁止しているのは理解できる」と指摘、「TikTokがインストールされている公官庁の電話は使うべきでない」と呼びかけた。ドイツも何らかの証拠をつかんだ可能性がある。

中国当局への情報漏れが指摘されたのはもともと機器(ハード)の方だ。特に、通信方面の利用で世界的に席巻する勢いだったファーウェイ(華為技術)への風当たりが強かった。しかし、その後はハードからソフト、アプリまでが監視の対象になった。TikTok以外でも、騰訊QQ、騰訊視頻、微信(ウィーチャット)、微博(ウェイボ)のSNS・チャットアプリ、支付宝などの金融決済アプリ、天天音楽などの娯楽アプリなどなど、中国発信のこうしたアプリケーションは押しなべて情報が抜き取られているとして西側諸国は警戒的になっている。TikTokはとりわけフォロワー数が多いので、目の敵にされ、真っ先に排除の対象にされた。だが、われわれ一般の利用者は果たして情報が窃取されているかどうか調べようがない。米欧諸国の不信感に従って警戒心を持つべきなのだろうが、ほとんどは盗まれて困るような情報も持ち合わせていない。

<中国、IT産業の見直し>

アントの取引所上場停止以降、中国のIT産業に対し当局の監視が強まって自由な事業展開が狭められたが、この犠牲になったのは独り馬雲氏のアリババだけではない。他店出店を禁じる独占契約的な手法は他のネット物販企業でも行われており、ある意味、同種企業間の共通ルールであった。したがって、市場監督管理総局が2021年4月に独禁法違反でアリババを摘発した後、同じく物販大手の騰訊控股(テンセント)、京東集団、蘇寧易行、美団にもそれぞれ50万元程度の罰金処分を課している。この時期、処分は物販企業だけでなく、検索サイトの百度や配車サービスの滴滴出行などのネット上のアプリを持つ多くの企業に対しても行われ、「公正な市場競争を阻害している」という理由で罰金が課されている。

アリババ叩きの延長線上でネットアプリ全体には厳しい監視の目が及んだようで、IT企業に暗黒の時代が招来した。なぜ当局はそれほどIT産業を槍玉に挙げるのか。一つには、IT産業が巨大になり、党中央の制御が利かなくなることを恐れたのだ。若者がITのツールを使って共産党一党支配に疑問を呈する情報を拡散する事態にもなりかねない。共産党に忠誠を誓っていた馬雲氏でさえ、シンポで党の政策を問題視するような発言をした。当局が馬発言に異常な対応を示したのは、ITの持つ危険性を察知したからであろう。2つ目は、IT企業が金融業を始めることで国家の金融政策が隅々まで遂行できなくなることを恐れたのだ。3点目は、馬雲氏やテンセント創始者の馬化騰(ポニー・マー)氏らIT事業オーナーが巨額の報酬を手にしており、世間に所得格差拡大の感を与えたこと。習近平国家主席は「共同富裕」のスローガンを打ち出しており、執政3期目を前にしてこの傾向は許せなかったのだ。

アリババ集団傘下2社に対し、中国当局は1%の黄金株を取得したが、同じようにテンセント傘下企業でも黄金株制度を利用して支配権を確立した。馬化騰氏は今、馬雲氏を抜いてアジア最大の富豪と言われる。上海でロックダウンが行われていた昨年5月、SNS上で、当時の経済状況を憂い、政府批判とも取られかねない発言をしたとの情報も流れたが、概して政府から叱責されないよう慎重に対処している様子がうかがえる。一方、馬雲氏からアリババの経営を引き継いだ張勇氏も1月早々の中央テレビ(CCTV)の番組で、「中国経済の未来は明るい」などと語っていた。当局の介入でIT企業が厳しいビジネス環境にある中でのこの発言は“拍馬尻(へつらい)”以外考えられない。両オーナーとも、2020年秋の馬雲発言を“反面教師”にし、首をすくめて風当たりを防いでいるのであろう。

だが、今年に入って風向きが変わった。中国銀行保険監督管理委員会の郭樹清主席は、IT企業の金融業務に関して「基本的に是正が終了した」との見解を発表、IT企業の稼ぎ頭である金融方面では規制を緩める姿勢を示した。これは、2022年の経済状況が低迷した原因がゼロコロナ政策ばかりでなく、IT産業への締め付けにあったためと認識した結果ではなかろうか。同年の経済成長率の当初計画は5.5%であったが、最終的に3%前後に終わりそうだとの見通しだ。それに伴い、若年失業率(16-24歳)も昨年7月時点で過去最悪の19.9%に達するなど雇用環境はすこぶる悪い。若者5人に一人の割合で職にありつけない勘定であり、政権にとっては大いなる不安定要因だ。IT産業に若年労働者が吸収されやすいことを考慮すれば、経済成長のエンジンとしてこの分野の復興が欠かせないものになっている。

当局はアリババ、テンセントの傘下企業の拒否権を伴う「黄金株」を持っている以上、金融面ばかりでなく、ソフトのコンテンツに関しても今後監視の目が行き届くのであろう。こうして国内的にはIT企業へのコントロールが可能になったが、問題は中国IT企業の海外展開である。西側では、ファーウェイなどのハードにとどまらず、TikTokなどの娯楽アプリ、ウィーチャットやZoomなどの交流アプリも忌避されており、これが続けば、国際的な事業発展の可能性がかなり狭められる。中国側は、忌避されたままでいいと考えるのか、それとも何らかの情報開示をし、妥協の道を探るのか。少なくともファーウェイでの対応を見る限り、かなり強硬姿勢を貫いてきた。というこれまでの延長線上で予測すれば、TikTok問題などでも妥協の余地はないように見受けられる。

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