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春節に人出戻り、経済も公共事業投資で再始動か-半導体対立で米中の険悪関係続く(上) 日暮高則

春節に人出戻り、経済も公共事業投資で再始動か-半導体対立で米中の険悪関係続く(上) 日暮高則

春節に人出戻り、経済も公共事業投資で再始動か-半導体対立で米中の険悪関係続く(上)

1月22日に春節(旧正月)を迎えて、中国も卯年の新しい一年に入った。昨年はコロナ禍が継続して上海など多くの地域で、ゼロコロナ政策に基づき封城(ロックダウン、都市封鎖)が実施され、老百姓(庶民)は閉塞状態に置かれた。だが、昨年11月末、その措置に対し一部の人たちが白紙を掲げ、怒りを露わにしたことから、党中央の態度が一変、原則的に行動制限はなくなった。卯年は3年ぶりに“開放的な”空間の中でのスタートとなり、今年の中国経済は、GDP成長率がわずかに3%増と低迷した昨年の閉塞状態から脱却、5%以上の伸長が望めそうな雲行きだ。“経済成長エンジン”のIT産業に対しても当局は、いったんは締め上げに出たが、今年になって緩和の方向に動き出した(前回記事で報告済み)。懸念されるのは“産業のコメ”とまで言われる半導体関連製品の対中輸出規制だ。中国は、製造業の国際競争力アップを図っており、半導体製造装置、素材などで西側の提供がなくなれば、経済成長全体にも影響を与えかねない。

<コロナ禍と春節の人出>
中国は今年、4年ぶりに行動制限のない春節となった。国務院交通運輸部によれば、春節元旦を挟む40日間の延べ旅客人数は20億9500万人に達したという。前年比で見るとはるかに多い数だが、コロナ禍以前で好況が続いていたピーク時期2015年の37億人超の人数に比べると、56%程度の数に過ぎない。春節時の中国人には、家族が一堂に会する習わしがあり、多くの勤労者が帰郷するため、大荷物を抱えた乗客が駅や空港内を埋め尽くすのがいつもの光景。だが、今年はまだ“民族大移動”といった様子は見られなかった。香港誌「亜洲週刊」によれば、深圳北駅、広州東駅ではここ2、3年なかったような長蛇の列ができたものの、深圳北駅の構内に入るのにわずか10数分程度で済み、かつてのように大群衆の中で延々と待たされるという光景はなかったという。

一方、日経新聞が国務院文化旅游部の情報として伝えたところでは、春節大型連休(1月21日-27日)の国内旅客数は前年比23%増の延べ3億800万人。旅行者の平均移動距離は57%増の206.9キロだった。移動距離の大幅増の意味するところは、2022年以前の春節は当局が旅行自粛を呼びかけたため、実家から遠く離れた勤労者は帰郷を諦めていた。制限の解けた今年は、そうした長距離勤務者が一斉に家に戻ったということなのであろう。今年の観光収入は前年同期比30%増の3758億4300万元だったとか。これもコロナ禍以前の2019年に比べると3割マイナスの状態で、春節大移動が経済にもたらす効果は期待されたほどでもなかった。

中国は昨年12月に行動制限を解除したが、それによってコロナ感染が異常な広がりを見せた。北京などでは病院が満杯状態になって、点滴を院外の歩道で受けたり、患者の死亡が相次ぎ、火葬を待って葬儀場の前に車列ができたりの状況になった。この感染拡大を見て、防疫当局はむしろ「12月中に感染蔓延のピークを迎えるため、1月に入れば下火になる。人の移動が多い春節時期には有利な状況になる」と読んだ。北京大学国家発展研究院チームの報告でも、「12月末までには各地で感染ピークを迎え、それ以降は下降トレンドに入る」「1月11日までに感染者の累計は9億人、総人口の3分の2が感染経験者となる」との見通しを示している。つまり、「春節時には集団免疫がかなり進んでいるので、そう心配することはないのではないか」との見方が支配的であったという。

例年春節時、比較的裕福な中国人は海外に出かけていたが、ここ2,3年はコロナ禍の行動制限で叶わなかった。今年の出国組は昨年比で5.4倍に達したもようだ。中国人に人気がある旅行先はオーストラリア、タイ、日本、香港、米国、英国など。1月8日、中国で渡航制限が撤廃されると、彼らは堰を切ったように海外に出始めた。観光が経済活動の主要なファクターにしているタイでは9日、アヌティン副首相、サックサヤーム運輸相ら閣僚がスワンナプームなどバンコク郊外の国際空港に到着する中国便の乗客を到着ロビーで出迎え、熱烈歓迎の姿勢を示した。タイは感染拡大の心配より、景気浮揚に重きを置いた対応である。

これに対し、豪州、日本、欧米諸国では、中国国内での感染状況を見て、事前検査を義務付けるなど中国人の入国制限を厳しくしている。日本も1月8日から水際対策を一段と強化し、抗原検査キットで陽性になった人は待機施設に隔離するなどの措置を取った。これに不快感を持ったのか、中国側も同月10日、対抗措置として韓国人とともに日本人に対して短期ビザを発給しないなどの挙に出た。防疫上の措置に対し報復するというのは稚拙な対応と言わざるを得ない。日本側は中国側の嫌がらせに対し特別な対応を取ることなく、個人の観光客を粛々と入国させている。中国側もビジネスマンの往来停止が自国にかなりダメージを与えることを察知したのか、29日にはビザ発給停止措置を取り止めている。

日本への中国人団体客の停止、厳格な防疫措置は依然続いているので、中国人の“爆買”という外需を期待する日本の観光地、土産物店、スーパー、量販店などは今ひとつ心が弾まないのではなかろうか。タイは中国客に検疫のハードルを求めなかったため、もともと日本、欧米への渡航を考えていた中国人までが行き先を変えて、大挙南の国へ押し寄せた。日本政府にしてみれば、自由に中国人客を受け入れて消費拡大に貢献してもらいたいところだが、まだ世間では、中国人を感染拡大の”元凶”と見て忌避感が強く、検問排除は取りにくい。経済を取るか、防疫を取るか、苦渋の選択だ。ただ、日本でも3月にはマスク着用の必要性がなくなり、5月のゴールデンウイーク明けにはほぼ感染対策が廃止されるため、中国人入境者に対しても緩和措置が取られることは間違いない。

<卯年の中国経済はどうなるか>
2023年の中国の経済成長目標値がどれだけになるかは、3月5日に開催される全人代の総理報告を見なければならない。しかし、国内の大方のエコノミストは「5%以上に設定されることは間違いない」と見ている。社会科学院も昨年12月13日発表の「経済青書」で、「2023年の中国の実質GDP成長率は5.1%前後になる」との見通しを示した。5%以上というのは、昨年の全人代でも語られた目標値で、昨年は「5.5%前後」とされた。だが、コロナ禍とそれによる封城で工場が稼働せず、生産がストップしてしまったことが足を引っ張った。最終的に2022年の実質成長率は前年比3.0%増であることが1月17日、国家統計局から発表された。2021年の対前年比伸び幅8.1%増からすると、5.1ポイントも縮小したのである。

一方、世界のエコノミストも、ほぼ中国人と同様の見方をしている。モルガンスタンレー証券のアナリストは「中国経済は2023年3月以降、回復トレントに入る。年間のGDP成長率は5%から5.4%増の間ではないか」と予測した。ブルンバーグ通信社の専門家は昨年末段階で「現時点で予測すれば、2023年の成長率は4.8%増」と話している。ウクライナ情勢を受けて、西欧諸国、ロシア経済が低迷し、中国がそれを補完していく形になる。さらに、米中間に半導体、IT産業排除の軋轢がありながらも、依然高水準の貿易を続けている-などから、エコノミストはそう悲観的に見ていないのであろう。

中国では毎年年末、翌年の経済運営方針を決める「中央経済工作会議」が開催される。昨年も12月15,16の両日開かれたが、この会議で印象に残ったのは習近平国家主席の発言。それは、第20回党大会で選ばれた新しい党執行部に対し、「誰であろうと一途に経済工作を進めない者は職務を降りてもらう。目標値を断固守り、それに向けて一切を犠牲にして到達努力することだ」と激しい調子で叫んだことだ。すでにゼロコロナ政策を撤廃したあとだけに、習主席の頭は100%、感染防止より景気浮揚に切り替わったようだ。国務院財政部財政科学研究所の賈康元所長は「今年の成長率の指導目標は6%以上」、商務部の魏建国元副部長も「8%を目指す」とあくまで強気な発言をする。強めに目標を設定すれば、実質5%程度は簡単に確保できるとの読みがあるためか。

習主席の強気の掛け声に呼応するように、中国の地方政府も大胆な構想、目標を掲げ始めた。亜洲週刊によれば、河南省は「投資、消費、輸出、物流の4つのけん引役を充実させ、質が良く、早いスピードで経済建設を図る」、陝西省は「高品質のプロジェクトを早期に進める」、上海市は「重点サービス企業の伸長、大きなプロジェクトの推進を通して重点地域の建設発展を図る」という内容。かつて膨大なインフラ投資で人が住まない幽霊アパート群(鬼城)を数多く造った内モンゴル自治区のオルドス市も今年中に1600億元を投資して465件のプロジェクトを推進するという。遼寧省の省都瀋陽市は「3兆元の投資額で3000件の大きなプロジェクトを計画。今年2月までに努力して初歩的な準備を終える」とうたい上げた。

2008年のリーマンショックで世界的な不況に陥った時、それまで毎年の経済成長が10%を超えていた中国は先頭に立って不況脱出のために4兆元の公共投資を行い、自国のみならず世界経済を救った。今回のコロナ禍後の再生策もどうやら公共投資に頼っての景気浮揚にあるようだ。著名な経済学者任澤平氏も今年早々、「新しいインフラ建設が未来20年、中国経済の繁栄発展の礎になる。コロナ後の新しい発展チャンスを迎えて、今、中央から地方まで新インフラ建設への期待は高い。高品質な発展を図っていくべきだ」と語っている。リーマンショック時と違うのは、いずれも「高品質なプロジェクト」とことさら強調している。鬼城を生むような無茶で無謀な“インフラ投資”はすべきでないと求めているのであろう。

インフラ投資は確かに、短期的には呼び水のように全体的な景気を引き上げるが、長期的な視点で見るとどうかという疑問を提起する人も多い。国家統計局の賀鏗・元副局長は、昨年末の中央経済工作会議の前にネット上に論文を出し、「政府にはケインズ主義の政策を放棄するよう求めたい」と訴えた。ケインズ主義とは、米国が1920年代末、大恐慌に陥った時にダム建設などの大規模な公共投資を行い、それで不況を脱したニューディール政策の根拠となった理論で、中国もリーマンショック後はこれを参考にしていた。ただ、ケインズ経済学で重要なのは建設したインフラがその後に役に立っているかという点。掘った穴をまた埋め直すといった無駄な事業や、人が住まない鬼城を造るプロジェクトは、ドブに金を投げ込むようなものであり、賀氏はそれが問題だと言うのだ。

公共投資にレバレッジ(てこ)を働かせれば、全体的に経済を活発化できると考える中央、地方政府の役人は多い。すなわち、井戸の水を大量に汲み上げるための呼び水的な効果も期待しているのであろう。だが、賀鏗氏は「役人はすぐに公共事業とそのレバレッジに頼る悪習にはまる」と指摘する。そして、「インフラ建設というのは、経済発展のレベルと符合するものでなくてはならず、人民の収入を犠牲にしてはならない。インフラ建設は投資効率、投資還元率を考えることが必要。中国人の一人当たりGDPは米国の6分の1でしかないのに、高速道路の長さは米国の2倍ある。日本人の一人当たりGDPは中国の4倍近いが、高速鉄道の総延長は中国の10分の1にもなっていない」と力説するのである。

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