1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 中国IT産業の国内規制緩和か-国際的には「スパイ機器、ソフト」の疑いで排除の流れ続く(上) 日暮高則

記事・コラム一覧

中国IT産業の国内規制緩和か-国際的には「スパイ機器、ソフト」の疑いで排除の流れ続く(上) 日暮高則

中国IT産業の国内規制緩和か-国際的には「スパイ機器、ソフト」の疑いで排除の流れ続く(上) 日暮高則

中国IT産業の国内規制緩和か-国際的には「スパイ機器、ソフト」の疑いで排除の流れ続く(上)

中国のネット通販大手企業「アリババ」の創設者である馬雲(ジャック・マー)氏が1月7日、グループ傘下の決済サービス金融企業「アント」の一部株式を譲渡し、経営権を手放したことが明らかになった。2020年秋、馬氏が政府の経済政策を批判したことで金融当局が反発、予定されていたアントの香港、上海市場上場が中止させられ、馬氏自身への風当たりも強まった。馬氏の措置もこの流れの一環であるようだ。だが、IT産業への締め付けは結局、経済全体の沈滞を招いたため、今年に入って規制を緩和し、再び盛り立てようとする動きも見られる。他方、海外では、中国IT企業の動画投稿アプリ「ティックトック(TikTok)」に対し、米国などが「情報を抜き取るスパイ行為をしている」として一斉排除に乗り出した。ファーウェイのハードに続いてソフトに対しても監視の目を厳しくしてきている。米中対立の中で、米欧が中国に対し強い警戒感を持っていることが背景にある。こんな中で、経済発展の推進エンジンとも言われる中国のIT関連産業は再生が可能なのであろうか。

<馬雲氏の物販ビジネス離れ>

ロイター通信によれば、馬氏はアント・グループについて自ら10%の株式を保持、さらにアリババ関連企業の保有株式を通じてアントの5割以上の株式を握り、経営支配権を確保していた。だが、7日発表された内容では、馬雲氏の保有株式がわずかに6.2%に減らされた。その上、馬氏と9人の主要株主が議決権行使の際、協調行動を取らず、単独で投票することも約束させられた。さらに、アントの取締役8人のうち社外取締役が過半数を占めたため、馬氏の意思が経営全体に行きわたる態勢は事実上失われた。アントはスマホの決済アプリ「支付宝(アリペイ)」や消費者ローンの事業を展開しており、馬氏は、アリババの物販から金融ビジネスへ転換するための中核企業ととらえていた。だが、今回の措置で金融当局の介入が固定化し、馬氏の夢は打ち砕かれた。

2020年当時、アントはさらなる事業資金調達を狙って、同年11月5日に香港証券取引所と上海の中国版ナスダック「科創板」に同時上場することを決めた。調達希望額は370億ドルという過去最大級の規模だ。世間では「無謀な調達額だ」と見られていたが、多くの金融アナリストが「金融コングロマリットを目指すアントの将来性を考えれば、決して不可能な数字でない」と見通した。このため、親会社のアリババの株価が急上昇、さらにアントの新規株式公開(IPO)発行株への事前申し込みが上海だけで19兆元程度と、異常な人気となった。そうして期待感が高まっていたが、アント・グループは上場予定日の2日前の11月3日、突如「上場の延期」を発表した。中国の金融当局からの圧力があったためだ。

馬氏はアント上場を控えた10月24日、商業銀行、金融管理当局トップらが会したオンライン・シンポジウムで、「中国国内の金融規制が技術革新、イノベーションの足を引っ張っている。経済成長を続けるなら、改革が必要だ」「中国の金融には、基本的にシステマチックなリスクは存在しない。なせなら、もともとシステムがないからだ」「良いイノベーションは当局の監督を恐れない」などと金融当局を逆なでするような発言をしたため、逆鱗に触れたのだ。馬氏の発言内容は党中央ばかりでなく習近平国家主席の耳にも入ったとされ、「ITの申し子と言われ、馬雲は調子に乗っている、懲らしめる必要がある」との結論に達したようだ。以後、馬氏とアリババへの監視は一段と厳しくなった。

当時、馬氏はずっとアリババの経営を続ける気はなかったようだ。2019年9月に同社創業20周年の記念式典が開かれ、この席で馬氏は会長職からの退任を宣言した。「自分はまだ若いのでいろいろなことにチャレンジしたい」とか「将来は学校の先生に戻りたい」などとも発言。2020年9月30日でアリババ取締役からも身を引いていた。ただ、この時はアント上場直前であることから、馬氏が物販ビジネスを離れ、アントの金融方面事業に集中することを考えていたとの見方もあった。あるいは、本当にすべてのビジネスの一線から離れ、関係企業には最大株主として大御所的な立場で発言するだけとの構想を抱いていたのかも知れない。いずれにせよ、当局の圧力によって馬氏の影響力が削られていったことは間違いない。彼自身、その後国内にいながらも、”謹慎“の意思を示すために派手な行動を避けていたようだ。

2021年4月10日に国家市場監督管理総局は、アリババに対し、独占禁止法違反で182億元というとてつもない額の罰金を課す行政処罰を下した。パソコン、スマホ上で自社平台(プラットフォーム)を利用する物販企業に対し、他のネット物販企業への出店を禁止し、利益を独占してきたというのが理由だが、当局の嫌がらせの意味もあるのだろう。その傍ら、アリババ集団への支配権も強めた。今年1月13日、ロイター通信が伝えたところによると、昨年9月、アリババ集団傘下で動画サービス「優酷」を手掛ける「優酷土豆」社とモバイルブラウザ企業の「優視(UCWeb)」の2社に対し、中国当局がそれぞれの株式の1%を取得したことが明らかになった。1%とは株式比率で言えばたいしたことないが、これがいわゆる「黄金株」と呼ばれるもので、所有者は事業運営に対し拒否権が発動できる特権を持っている。この結果、当局によるアリババ経営への介入が”合法的に“可能になった。

<アント退任後の馬氏の動き>

こうした圧力を受けて、馬雲氏が国内メディアに登場する機会はめっきり減った。2021年に入ると、馬氏はどうやら海外脱出を図ったようだ。10月に、自らの豪華ヨットでスペインのマヨルカ島に渡り、ゴルフなどに興じている様子が外電で報じられた。欧州ではまた、農業を学ぶためにオランダの大学を訪問したとも言われる。その後再び消息が途絶えたが、英紙フィナンシャル・タイムズが2022年11月29日、馬氏はガードマンや専属コックを引き連れて約半年間ずっと日本に滞在していると報じた。東京では銀座のマンションをベースにし、会員制のクラブで日中両国の経済人、日本に住む富豪層と会談を重ねているもようだという。これらの報道を総合すると、馬氏は欧州のあと日本に移って、中国に戻らないままずっと海外暮らしを続けているようだ。

馬氏は日本各地も旅行しているようで、スキーなども楽しんでいたり、箱根の温泉地にある豪邸にも時折滞在したりしている。著名な寿司屋に出没する姿が写真週刊誌にキャッチされている。この箱根の豪邸は、ソフトバンクのオーナー孫正義氏の所有物件ではないかと見られている。馬氏と孫氏の濃密な関係は有名。1999年のアリババ創設時、孫氏は北京で馬氏と会談した際、同社の将来性に目を付け、即座に4000万ドルまでの投資に応じたとされる。この時の投資額は結局、2000万ドルで落ち着いたが、孫氏は2004年にさらに6000万ドルの投資を行った。孫氏はアリババ株の3割以上を握る最大株主となり、2014年にアリババがニューヨーク市場に上場した時に孫氏の持ち株価値は一挙に2900倍に膨れ上がり、166億ドルの資金を手に入れたと言われる。

この関係性を見る限り、日本滞在中の馬雲氏に銀座のマンションや箱根の豪邸を提供するくらいは孫氏にとってお安い御用であったろう。二人は今でも、月に一度程度会って食事を取りながら、情報交換をしているもようだ。絵が好きという共通の趣味を持っているので、ビジネス以外では絵の話が会話の中心になるという。馬氏は日本で美術品の収集をしているほか、自ら水彩画を描いており、孫氏にも「自分も絵を描くので、見て欲しい」と話しているという。ビジネス上の話題では、馬氏の最近の関心は養殖漁業分野で、その方面の技術に着目していると言われる。欧州や東南アジアでは、農業関係の企業や施設を訪問し、情報収集していたと言われ、馬氏の次の関心事が農業、漁業の一次産業にあることがおぼろげながら浮かび上がる。

自らの意思でネット物販の経営陣から降り、さらに当局の圧力で金融ビジネスの場にもいられなくなった馬雲氏はこのまま引退してしまうのか、それとも新たなビジネスの展開を考えているのか。米アマゾン創始者のジョブ・ベゾス氏同様、IT物販分野で成功し、巨万の富を手に入れた世界のビッグ・ビジネスマンであるだけに、馬氏の一挙手一投足は中国人のみならず、国際的に注目されるところだ。彼の最も新しい消息としては、今年1月早々、タイのバンコクで目撃されている。シーフードが有名でいつも長蛇の列ができる「ジェイ・ファイ」という露天レストランに顔を出し、77歳の女性店主と一緒に撮った写真がメディアに登場した。タイでも地元の中国系経済人と会談し、ビジネスチャンスをうかがっている様子も見られた。

在日華字紙によれば、中国で次期総理就任が約束されている李強党政治局常務委員は馬雲氏の才能を高く評価しているという。2013年で当時浙江省長であった李氏がニュースネット「財新網」の取材を受けた際に、「馬氏は創業時に何の資本もなかった。ただ、創業するという強い意志があっただけだ。何も恐れない気力と体力は得難いものだ」と絶賛、地元杭州市に本社があるアリババと馬氏を高く評価していた。その後、李強氏は上海市書記になったが、アント、アリババと上海市が戦略的協力関係の協定を結ぶことに邁進している。馬氏の先見性、手腕にほれ込んでいる李氏が今年3月の全人代で総理になれば、再び馬氏が浮かび上がるチャンスが生まれるのかも知れない。

タグ

全部見る