1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 中国のEV業界、BYDなど国内企業が伸び、テスラは失速状態―軸足を海外に移すのか(下) 日暮高則

記事・コラム一覧

中国のEV業界、BYDなど国内企業が伸び、テスラは失速状態―軸足を海外に移すのか(下) 日暮高則

中国のEV業界、BYDなど国内企業が伸び、テスラは失速状態―軸足を海外に移すのか(下) 日暮高則

中国のEV業界、BYDなど国内企業が伸び、テスラは失速状態―軸足を海外に移すのか(下)

<ニューリーダー、朱暁彤氏>
朱暁彤氏は遼寧省瀋陽市生まれ。年齢は40歳台と見られるが、対外的に明らかにされていない。2004年にニュージーランドのオークランド工科大学を卒業した後、米国のデューク大学に移り、MBAを取得した。その後に自ら会社を興し、物品管理の業務を行い、一時北アフリカのリビアで仕事をした。この辺りも南アフリカ出身のマスク氏とウマが合った理由の一つかも知れない。朱氏がテスラ社に入ったのは2014年で、それほどの古株ではないが、彼は「個人の生活無視」「会社第一」の精神で働き、国内充電スタンド網の設置などにまい進した。このため、水滸伝に登場し、命を投げうってまでの侠気を見せる男石秀のあだ名に因んで「拼命三郎(命知らずの三男坊)」などとも呼ばれている。

マスク氏は有名なワーカホリックで、しばしば工場で徹夜したり、そこで仮眠を取ったりすることで有名だ。ツイッター社を買収した時に従業員に対し、「出社して働けない奴は辞めろ」と言い、リモートワークを拒否し、週に40時間以上オフィスにいることを求めたほど。朱氏もマスク氏同様に働き蜂で、24時間仕事から離れず、報告事項があると早朝3時でも4時でもマスク氏に情報を入れたという。テスラの上海ギガファクトリーを管理していた時には、会社近くに月額2000元の安価なアパートを借り、仲間と一緒の車で出勤し、毎朝6時、7時から仕事に就いていた。こうした精勤ぶりや偉ぶらない人柄がマスク氏に気に入れられ、テスラに入社してわずか8カ月後には同社の「中国地区総裁」に抜擢された。

2019年、台風が上海を襲い、ギガファクトリーは排水設備が機能せず、汚水にまみれた。その際、朱暁彤氏は従業員とともに、バケツで汚水の汲み出しにかかり、工場をきれいにした。この光景の一部始終は映像に撮られSNSなどで拡散されているが、その中に朱氏が「getting your hands dirty(汗を流して仕事をしよう)」と叱咤激励しているところも出ている。以後この言葉がテスラ中国の合言葉になったという。同社は、中国国内にスーパー充電ステーションを40カ所設置、さらに60以上の都市に600カ所以上のスーパーチャージャー網を破竹の勢いで構築したが、この成果も朱氏の手腕によるものだと言われている。

<中国EVの海外展開>
前述のように、テスラ中国は昨年、コロナ禍の影響、純粋国内企業の追い上げに遭って売上げを落とした。しかし、米国のテスラ本社の拡大意欲は衰えない。ブルンバーグ通信社によれば、同社はインドネシアで100万台を生産できる工場を建設する計画を持っているという。同国は電池原料の一つ、ニッケルの主要産出国であり、これまでもテスラ社に提供してきたので、原料生産地と製造工場の一体化、サプライチェーンを考慮するならば、インドネシアは格好の土地である。また、昨年12月7日、完成品をタイ市場に輸出することを発表した。東南アジアではシンガポールに次いで2国目だ。車種は上海工場で造られるModel‐3で、価格は176万バーツ、日本円で700万円程度となる。これまでは地場の販売会社が並行輸入し、1100万円ほどで販売していたが、それに比べるとかなりのプライスダウンだ。

アジア地域以外でも、テスラ社は、本社のある米テキサス州オースチン、カリフォルニア州フリーモント、ドイツのベルリンにも生産工場を持つが、さらにメキシコ北部のヌエボレオン州にも新工場を建設することを宣言している。朱暁彤氏はこれまで中国、アジア地域だけを担当してきたが、マスク氏は「それだけではもったいない」と判断したようで、今後は北米、欧州地域の販売まで監督させ、米国内の生産活動にも目を行き届かせる立場に就かせるという。特に、オースチンの本社工場では工場長となり、上海工場の成功経験を伝授していく。さらにフリーモント工場は現在、規模の大きさの割には生産台数が少ないため、上海工場から人員を移し、さらなる増産を目指す計画で、これにも朱氏の尽力が期待されている。

マスク氏はもともと南アフリカの出身で、米国への帰属心はそれほどないように見受けられる。自社利益のためなら、幹部従業員が有能でさえあれば、国籍など問わない。それが中国人幹部であっても構わず、米国への忠誠心なども考慮しないのであろう。今、中国ITのソフト、ハード産業が米国で排除の標的にされ、中国人技術者、経営幹部はことごとくパージに遭っている。その意味で、テスラ社の朱暁彤氏や中国人従業員はどうなるか。今後、マスク氏がますます他分野に興味を持ち、EV業界への関心を薄れさせていくのであれば、朱氏がマスク氏に代わり、実質的にテスラ社を牽引し、同社のトップとなることが予想される。それだけに、米政府によるテスラ本社への対応が注目される。

《チャイナ・スクランブル 日暮高則》前回 
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》次回 
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》の記事一覧

タグ

全部見る