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習主席、経済苦境下でロケット軍など軍幹部を摘発―求心力高め、一段と権力強化狙うか(上) 日暮高則

習主席、経済苦境下でロケット軍など軍幹部を摘発―求心力高め、一段と権力強化狙うか(上) 日暮高則

習主席、経済苦境下でロケット軍など軍幹部を摘発―求心力高め、一段と権力強化狙うか(上)

中国経済は、依然デフレ圧力が一段と増している。8月に工業生産高は持ち直したとはいえ、不動産企業の負債、地方政府財政の悪化はそのままであり、依然厳しい状況に変わりない。そんな中、連動するように中央政府、軍方面でも不穏な動きが出てきた。7月に秦剛外交部長が交代したのに続いて李尚福国防部長がここ3週間、公の席に姿を現さず、拘束説も出ている。加えて、戦略核兵器などを管理して諸外国から絶えず注目されているロケット軍(旧第2砲兵部隊)の李玉超、劉光斌の正副司令員が7月末に同時更迭された。汚職が原因と公表されているが、真実は分からない。軍中央装備発展部長から国防部長に上った李尚福氏の前任者である魏鳳和氏も3月の引退以降、消息不明だ。軍を標的にした新たな大規模な反腐敗運動の始まりか。ただ、経済苦境下の動きだけに、「軍内の反習勢力の摘発かも」との観測筋の見方も出ている。

<デフレ不況継続と水害>
国家統計局が9月15日発表したところによると、8月の鉱工業生産は前年同期比4.5%増、7月の同3.7%に比べて多めの伸びを示した。市場の事前予想では、8月は3.9%程度の増とされていたが、それよりは上回り、4月以来の大幅増となった。小売売上高も、夏の旅行関連需要によって予想の3%を大きく上回り、4.6%の増を示した。これは5月以来の高い伸びであり、7月の同2.5%増の2倍近くのアップとなった。1─8月期の固定資産投資も前年同期比3.2%増加した。ただし、事前予想の3.3%を下回り、1─7月期の3.4%増には及ばなかった。8月の製造業購買担当者による景況指数(PMI)は49.7だった。 前月から0.4ポイント改善されたものの、景気の拡大・縮小判断の節目となる50は5カ月連続で下回った。

今年1-8月期の全国固定資産投資額は前年同期比で3.2%増の32兆7042億元。1-7月期の3.4%よりダウンした。8月は極端に投資意欲がなくなっており、この月だけの同投資額は対前年同期比で8.8%の減となっている。8月の新築住宅価格は前月比で0.3%のダウン。同月の不動産投資額は前年同期比で19.1%の減で、7月の同17.8%減よりさらに落ち込んだ。不動産開発商、大手企業で債務の膨大さや償還不能状態が露見したことが背景にある。単月の前年同期比を見ると、ここ18カ月ずっとマイナスになっている。コロナ禍後に製造業は幾分持ち直している状況にあるものの、一方で、国民総生産(GDP)の3割を占める不動産投資は相変わらず落ち込みが続いている。

デフレ不況に加えて、今夏中国を襲った不幸は水害だ。南方地域では例年夏、水害に見舞われることはよく知られたことだが、今年、台風、集中豪雨が襲ったのは比較的備えの薄い北京市、河北省などの北部地域だった。特に被害が大きかったのが北京市の南に隣接する河北省の涿州市。永定河の水かさが増し、北京市の人口密集地や、習近平国家主席の肝いりで建設にかかっている河北省の新産業都市「雄安新区」で堤防が切れ、水没する恐れが出てきたため、防災当局は「保北京、保雄安(北京を守れ、雄安を守れ)」という党中央の指示に従った。そこで、比較的人口、工場集積地でない涿州市の堤防が人為的に切られ、そちらの方に川の水を誘導した。そのため、同市の最高水位は12メートルとなり、5000-6000人の死者が出たと言われる。

災害の時期、党中央幹部は引退長老幹部らも交えた北戴河会議に出席していた。北戴河は河北省の沿岸部にある避暑地で、出席者は例年ここで胸襟を開いて意見交換を行うとされる。習主席はこの重要会議に出席するという理由で、同じ河北省にいながら、すぐには被災地を視察や慰問をしなかった。雄安新区を守るために涿州市を犠牲にしたことを追及されるのを嫌がったのかも知れない。だが、9月に入り、8日に同じく水害に見舞われた黒竜江省の尚志市へは慰問に出ている。この時期はちょうどASEAN首脳会議やG20サミットが開かれた時期であり、今度は国際会議に出席しない理由としてこの慰問旅行が使われたもようだ。

一説には、習主席が9月初旬の時期に被災地慰問を選んだのは、海外に出たくなかった、国内不在中に政変の発生を避けたかったからだという説がある。実は、北戴河会議で、経済運営のまずさから、政敵旧江沢民派の長老曽慶紅元国家副主席から厳しい叱責を受けたとも伝えられる。旧江派はまだ軍内に隠然たる影響力を持っており、習主席は、反習の長老と軍部が結託することを極端に恐れている。「今の経済混乱の原因は、鄧小平、江沢民、胡錦涛の過去3代の指導者に原因があり、自分はそのツケを支払わされているだけ」と側近に不満を表明していたと言われ、反習の長老らを逆恨みしたことは間違いない。

<政府、軍内の異常な動き>
「先に外交部長、そのあとにロケット部隊の司令員、今は李尚福国防部長がこの2週間公開の席に出ていない。こんな次々に職を失うゲームでだれが勝者になるのか。…中国の若者たちは習近平政権を支持しているのか」-。日本駐在のラーム・エマニュエル米大使は9月8日のX(旧ツイッター)上にこんなツイートをした。そして、英国の著名な推理作家アガサ・クリスティー女史の名作小説の題名を引き合いにして「中国は今まさに“そして誰もいなくなった(And Then There Were None)”の状態だ」と皮肉った。秦剛氏は6月下旬に外交の場に出なくなったあと、7月25日に正式に王毅前外交部長への交代が発表された。その後にロケット軍の李玉超司令員、劉光斌副司令員の2人が当局に拘束され、調査を受けたことが明らかになり、8月末からは李尚福部長が公開の席に出ず、消息不明になった。

国防部の呉謙スポークスマンは、ロケット軍の正副司令員の解任に関して記者会見で問われた際、「われわれはどの一人の腐敗幹部にも打撃を与える。腐敗は絶対に許さない」と述べ、2人が汚職の罪で調べられていることを間接的に認めた。習近平主席も7月31日に開かれたロケット軍の新しい正副司令員任命式の前日に成都の西部戦区空軍を訪れ、「綱紀粛正、反腐敗は徹底的に進めなければならない」と発言している。しかし、秦剛氏更迭については当局から何の理由説明もないままだ。ただ、ネット情報を総合すると、秦氏が米国大使時代に不倫関係にあった香港フェニックステレビの美人キャスター、傳暁田女史に機密情報を流していた。実は傳女史は米国のスパイであり、情報は米側に筒抜けになった。秦部長もそれを承知していたが、2人は子供まで設けてしまった深い関係からとがめられなかったようだという。

李尚福国防部長の消息についても9月20日時点では明らかにされていない。そのため、西側の大手メディアも当初ニュースとして扱うことをためらっていたが、3週間近くの公式行事不参加を受けて「異変」と認識し、報じ始めた。その大きな裏付けとなったのは、外交部の毛寧報道官が李氏逮捕説で質問を受けた際、「その話はデマだ」と言うべきところを「その件は承知していない」とだけ答え、否定しなかったこと。また、国内メディア関係者からは「李尚福氏の息子が海外で賄賂を受け取ったため、9月1日に逮捕されている」との未確認情報も伝えられた。さらに、李氏が以前いた軍中央装備発展部で副部長級の6人を含む8人の幹部も逮捕、拘束されているという情報ももたらされた。李氏自身の逮捕、取り調べ説も出ているという。

ロイター通信によると、李尚福部長は8月中旬、ロシアを訪問し、プーチン大統領と会談、そのあとベラルーシも訪れている。最後に公の席に姿を現したのは、8月29日に北京で開催されたアフリカ諸国との安全保障フォーラムに出席した時で、このあと9月7、8の両日、ベトナムで予定されていた中越の年次戦略国防対話に出席するはずだったが、行かなかった。ベトナム筋によれば、中国側は李氏の欠席理由として「健康上の問題」と説明したという。ロイター通信は事情通の話として、李氏はロシア、ベラルーシから帰国したあと間もなく拘束、取り調べを受けたのではないかとしている。

一方、ロケット軍については、香港紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」は7月早々、李玉超司令員らが解任発表の数カ月前にすでに同軍を離れ、別のところに移っていたと報じた。これが事実とすれば、当局がこの時点から正副司令員2人を拘束し、調査を開始していたことを意味していよう。また同紙は、2015-2017年に初代のロケット軍司令員を務めた魏鳳和氏も今年3月の全人代で国防部長を退任した後、失踪していると伝え、逮捕、拘束説もあることを示唆した。劉光斌氏以前にロケット軍副司令員を務めた張振中氏も劉氏とともに拘束され、調査されているとも書いた。驚くことに、以前同軍副司令員を務めた呉国華氏が7月4日、北京で横死しているという。66歳と比較的若かったため、ネット情報では、自殺説が出ているが、それを報じた澎湃新聞網のニュースは即刻削除された。


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