1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 民進党政権の継続で、中台貿易は衰退か―総統選は民進、国民両党の争いが鮮烈に(下) 日暮高則

記事・コラム一覧

民進党政権の継続で、中台貿易は衰退か―総統選は民進、国民両党の争いが鮮烈に(下) 日暮高則

民進党政権の継続で、中台貿易は衰退か―総統選は民進、国民両党の争いが鮮烈に(下) 日暮高則

民進党政権の継続で、中台貿易は衰退か―総統選は民進、国民両党の争いが鮮烈に(下)

<経済は?政府系の見方>
台湾で一番読者の多い新聞「自由時報」は投票日2日前の朝刊一面で、わざわざ行政院主計総署(財務省に相当)のデータを掲げ、蔡英文氏8年近くの政権掌握期でいかに台湾経済が伸長したかを誇示した。与党・民進党に近い同紙としては、頼清徳氏が蔡政権の継続とするなら、民進党でも十分に経済運営がうまくいくはずだと選挙民に訴え、投票行動に影響を与えたかったのであろう。それによると、蔡政権期の8年で平均月収が年平均2.02%、総収入が2.4%アップしたという。それ以前の馬英九・国民党総統時代(2008―2015年)ではそれぞれ0.8%、1.24%しか伸びていなかったことに比較すると「大変な成果である」としている。

また、GDPの伸長、経済成長率を見ても、馬政権時代の平均成長率は2.95%で、アジアの4つのドラゴン(シンガポール、香港、台湾、韓国)の中では2位であったが、蔡政権時代では3.16%であり、フォードラゴンの中でトップに立った。ちなみに、シンガポールは平均2.8%、韓国が2.3%、香港が0.8%の増。社会福祉予算は馬政権末期の2016年の4606億元から蔡時代末期の2023年には7130億元に増加したという。所得格差は2009年が6.34倍であったが、2022年には6.15倍に縮まった。こういう数字を示すことで、人民への福祉が行き届き、経済格差もなくなっていることを力説したかったのであろう。

自由時報は蔡英文政権での経済進展を誇る半面、大陸サイドが貿易圧力を強めていることも強調する。12日の同紙によれば、中国商務部(省)はECFA(海峡両岸経済協力枠組協定)で関税減免対象になる一次産品、機械、自動車部品、紡織などの品目を絞り込もうとしているという。ECFAは馬英九政権の時に、中国が台湾統一派を篭絡するために、大陸貿易で恩恵を与えるためにスタートさせた制度で、国家間で言えば自由貿易協定(FTA)に当たる。民進党は当初から反対していたし、蔡総統になってからは大陸からしばしば税関での審査遅延などの嫌がらせを受けていた。このため、台湾経済部(省)の陳正祺次長は「政府としては(ECFAがなくなった時の)準備をしているし、企業がさまざまな努力をした際には協力する」と語っている。

2013年から21年まで台湾の一次産品輸出先は中国が最大で、2割を超えた。果物に限っては一時7割を大陸に依存していた。しかし、中国当局は、蔡政権の対中姿勢を不快としたのか、バンレイシやパイナップルの輸入規制に及んだ。7割の対中輸出を他に振り分けるのは容易じゃないし、それを見透かしての中国嫌がらせだ。しかし、台湾政府はめげなかった。農産品の輸出先を中国以外に替え、今では18.4%が米国、14.7%が日本であり、中国向けは10.2%に減った。農業部はさらに「欧州や中東での市場開拓を進めている。昨年オランダ、スウェーデン、英国への農産物輸出は前年比で10%以上伸びた。UAE(アラブ首長国連邦)には7.5%増えた」と語った。中国がいかに嫌がらせをしても台湾政府はめげない、選挙民も総統選に向け大陸の脅しがあっても投票行動を曲げるなと言っているようだ。

選挙後の1月15日、自由時報のコラム「実事求是」は「2024年の景気」というテーマを掲げ、その中で昨年末に開催された中央銀行の理事・監事会議で主計総署が今年の成長率を3.35%増になると見込んだことを明らかにした。23年は第1四半期が前年同期比でマイナス成長、通年でも2%以下になる見込み。それに比べると、今年の第1四半期だけで5.94%という高成長になると読んでおり、通年でも大幅の伸びの予測だ。台湾経済を引っ張るのは世界的な半導体製造企業である「TSMC(台湾積体電路製造)」だが、同社の劉徳音董事長は「今年一年の半導体産業の景気は非常な健全になろう」と強気な見通しを示した。半導体企業は昨年、在庫過剰になり、TSMCの通年営業収入は前年比で4.5%減だったが、今年は15―20%の増収が見込めそうだという。

<野党系は両岸貿易を強調>
野党・国民党系のメディアは、民進党政権が継続することで、少なからず大陸に依存する台湾経済の先行きを不安視する。親中国の食品企業「旺旺集団」社長がオーナーを務める統一派の新聞「中国時報」は14日の紙面で、「台湾商工界は今後半年くらい『激変』への不安を抱えることになる」と指摘。社論では、「台独派と見られる頼清徳氏が政権を握ることで北京政府はサラミソーセージのように(徐々に)ECFAの関税優遇を止めていくことになろう」との見方を示した。さらに同紙によれば、大陸の学者も「(5月の総統就任前にしばらく頼氏の出方を見ようとする)ハネムーンの時期はない。今後直ちに台独の動きに出ないよう圧力を強めるだろう」と予測している。それ故に、大陸進出の台湾企業オーナーは「頼氏が理性的、融和的態度で両岸の対話を進めてほしい。相手を刺激するような行動は取らないでほしい」と懇願する。

中国時報は15日の社論でもっと具体的に、「ECFAで現在、台湾の機械類の対中輸出はゼロ関税だが、いったんこれを止めると9%の関税が掛けられる。そうなれば、輸出量は初年度だけで1割削減し、百億台湾元を超す金額が失われる」と悲観論を展開する。そして、「頼清徳は『台湾経済が大陸に向かうことができなければ、顧客を海外に求め、世界各国とビジネスすればよい』と言っているが、このロジックは間違いだ。台湾企業は深く大陸市場に食い込んでいるが、これは決して大陸企業とだけ商売するということでなく、大陸市場を経由すてビジネスチャンスを世界に広げるという意味があるのだ」と、民進党系の主張に反駁した。

同じく親中国統一派の新聞である「聯合報」は投票日の13日朝の紙面で、わざわざ「米国の禁止措置によって中台両岸の貿易は15.6%減少した」とのいう大きな見出しを掲げて、中国海関(税関)総署発表に基づく記事を掲載した。それによると、昨年通年で両岸の貿易総額は2678億3600万米ドル、前年同期比で15.6%の減。大陸が台湾から輸入した額は1993億5000万米ドル、同15.4%の減、大陸から台湾への輸出は684億8600万ドルで同16%の減。つまり、両岸貿易は台湾側に1308億元余の黒字をもたらしている。パイナップルなどの事実上の禁輸措置を受けても台湾は依然対中国貿易で潤っていることを強調している。

両岸の貿易額が減少したのは、台湾側が米国の指示を受けて半導体などの電子部品を輸出しなくなったためだ。台湾ビジネスマンは、この禁輸措置がしばらく継続されると見込んでおり、大陸側の報復措置が出てくる恐れがあるので、「2024年の両岸経済貿易状況は楽観できるものではない」と不安視している。もちろん、大陸側がこの台湾側の黒字統計を投票日の前日に発表し、投票日の朝刊に掲載させたのは投票行動に影響を与えたいとの意図があったのであろう。台湾経済はかなりの部分で大陸依存であり、いかにインドやロシアなどに他の人口大国に振り替えようとしても難しいのだと力説したかったのであろう。ただ、中国にとっては残念ながら、両岸貿易減少のニュースは新総統選びに大きなインパクトを与えなかった。

<中台の相克>
台湾が誇る世界最大のファウンドリ(半導体委託生産)である「TSMC」の営業成績が奇しくも投票直前の1月10日に発表された。昨年第4四半期の売上高は6255億2900万元で前年同期比14.4%の増。ただし、通年での売上高は2兆1617億3600万元で、同4.5%の減となった。13年間ずっと成長を続けてきた同社が昨年収入を落としたのは、コロナ禍によって世界が半導体使用製品の生産抑制に動いたほか、スマホやPCでの需要が頭打ちになっていることが原因と言われる。ただし、これは一時的な現象。TSMCが生産する回路線幅3ナノメートルクラスの最先端半導体はAI製品などには必需品であり、韓国のサムスン電子はじめ多くの企業が発注しており、今後も生産増が続くことは間違いない。

そのため最近、各国がTSMCの工場誘致に動いている。日本では初めて熊本県菊陽町に工場を建設中である。米国アリゾナ州にも最先端の3―4ナノメートル半導体を製造する工場を建築すると発表している。米国に産先端工場を造るのは航空機、ドローンなどの軍需品に納入するのが主目的であるとされる。日本にはそうした武器産業がないため、菊陽町工場での生産半導体は10―20ナノメートルの後進半導体になるという。だが、同社は今後さらに日本で第2、第3工場の建設も示唆しており、一説には大阪府内に造る第3工場では最先端の3ナノクラスの半導体を製造する計画もあるという。こうした流れを背景に、TSMCは米側の要請を受け入れて中国への半導体輸出規制にも応じており、最近、西側諸国へのシフトを進めている。

だが、TSMC 創業者のモリス・チャン(張忠謀)氏はもともと大陸浙江省寧波市の出身で、台湾で言えば“外省人”。共産党幹部との付き合いも多いと言われる。これまで大陸企業との提携に熱心で、南京にも大きな工場を持つ。工場をたたむどころか、今でも生産能力のアップを図っている。米国が日本、オランダ、韓国、台湾企業に対し中国への半導体製造装置、素材などを売らないよう求めている最中、中国深圳市の通信メーカー「ファーウェイ(華為技術)」の製品に7ナノメートルクラスの先端半導体が使われていたことが判明した。先端半導体は中国ではまだ未開発だとされており、米国などで横流しした犯人捜しが行われた。その後の調べで、どうやらTSMCの技術者が情報を漏らしていたという説が有力になっている。その意味では、TSMCの顔 が米中どちらに向くかという点で関心が持たれている。どちらに向いても、その一方から直ちに報復を受けることは間違いない。

また、大型電子機器製造企業の「鴻海精密工業」も「富士康集団(フォックスコン)」という社名で大陸に進出し、深圳市、山西、山東、河南省など中国各地にスマホや薄型テレビを造る工場を持っている。ここの創業者テリー・ゴウ(郭台銘)会長も先祖が山西省出身の外省人二世。大陸で十分に稼がせてもらっていることで、共産党の命令も聞かなくてはならない立場にある。そのため、郭会長は今次総統選で一時出馬の意向を示したが、結局、親中国統一派の票が分散することを恐れた中国当局が介入し、郭会長の出馬を取りやめさたとも言われている。郭会長は最終的に、総統就任への野望より、自社ビジネス、大陸とのつながりを優先させたということだ。

郭会長は選挙終盤になってやっと国民党候補の支援を表明したが、大きなニュースにはならなかった。共産党の意向に沿うような経済人が選挙終盤になって下した選択などに台湾民衆はすでに興味をなくしていたのだ。その大陸は不動産不況から構造的なデフレ体質に陥り、しばらく景気回復の先行きな見えない。今後8年間、民進党政権が継続するのであれば、台湾ビジネスマンは大陸市場を見限り、間違いなく米国、西側へのシフトを強めていくことになろう。


《チャイナ・スクランブル 日暮高則》前回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》次回
《チャイナ・スクランブル 日暮高則》の記事一覧

タグ

全部見る