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経済苦境の中でも明るいムード作り出す中国の春節―国民は「光明論」を信じるのか(上) 日暮高則

経済苦境の中でも明るいムード作り出す中国の春節―国民は「光明論」を信じるのか(上) 日暮高則

経済苦境の中でも明るいムード作り出す中国の春節―国民は「光明論」を信じるのか(上)

中国は2月10日、春節(旧正月)の元旦を迎えた。3年以上続いたコロナ禍で華々しいイベントが抑えられていたが、今年はそれも吹っ切れた感じで、各地で爆竹が鳴り、夜空に花火が打ち上げられた。春節では郷里に戻って家族団らんで過ごす習慣があるほか、近年は国内外への旅行に出る人も多いのだが、政府発表によれば、今年の春節を挟む前後40日間で延べ90億人の大移動があるとのこと。当局は今、「中国経済は光明に満ちている」と経済が“絶好調 ”にあるように盛んに吹聴する。何やら高成長の中国は依然継続され、将来も輝かしい希望に満ちているというイメージを作り出しているようだ。だが、現実はどうなのか。経済ファンダメンタルズを見る限り、決して明るい数字は見られない。消費者物価指数(CPI)は4カ月続けて下がっており、失業率は高いままだ。老百姓(庶民)が不安感を持っていることは間違いない。当局の言う「光明論」でこの不安感を払しょくできるのか。

<今年の春節>
今年の春節休暇は1月10日から17日までの8日間で、昨年(2023年)よりも1日長い。毎年10月1日の国慶節(建国記念日)前後にある連休と並んで勤労者が長期に休める時期であり、多くは郷里に戻って家族と過ごしたり、国内外に旅行に出たりする。このため、交通費代金、土産物などでの買い物などで消費が活発になる時期でもある。当局の発表では、今年の春節で移動する人数は90億人になるという。文化観光部が昨年(2023年)発表した数字によれば、同年の春節中(1月21日から27日)に国内旅行する人は前年(2022年)比23.1%増の延べ3億800万人だったという。海外への旅行者延べ8700万人を加えても4億人以下である。

今年は40日という長い対象期間をわざわざ出してきたのは、大移動を誇張したいがための当局の配慮なのか。チャイナウォッチャーの中には「14億人人口なのに、90億人というのはいかにも多すぎるのでは」といぶかしむ人も少なくない。この疑問に対し、国務院交通運輸部の李揚副部長は「従来は鉄道や飛行機などの公共交通機関を利用した人だけの集計だったが、今年は自動車で移動する人も数に含めた。8割は車を使う人だ」と説明した。つまり早い話、例年提示される人出の数は、鉄道、飛行機を使っている人だけで、その公共交通機関利用者は今年、90億人のうち2割の18億人程度だという。ちなみに、2023年春節の40日間は、車移動組まで含めて47億人だったと伝えられた。

中国は今、高速道路網が張り巡らされ、車社会になっているのは事実で、多くが国内の帰郷や旅行にマイカーなどを使っているのだと言いたいのは理解できる。それでも、72億人という数はオーバーな感がなきにしもあらずだが、李副部長は「車利用は歴史的な高水準にある」と豪語する。あるいは帰郷のドライブだけでなく、自宅から近くのスーパー、デパート、煙草屋に買い物に行くという短距離運転の人も含まれた延べ数なのであろうか。また、公共交通機関を使う18億人という数字も、最盛期4億人以下という昨年の実績に比べて異常に多く、不自然な感じがする。当局は、景気の良さをアピールするために意図的に誇張した予測数字を出した可能性もありそうだ。

海外へはどのくらい出るのだろうか。2023年の春節時出入境者は延べ287万7000人で、前年比約2.2倍。そのうち出境者数は同じく約2.2倍の延べ144万3000人であった。この増加は、それ以前コロナ禍で海外に出られなかった反動もあったためと見られる。今年の春節の見込み数は明らかにされていないが、総移動数90億人の予測からすれば、海外移動が23年を下回ることはないと見られる。中国人の行きたい旅行先として一位がタイで、2番目が日本と言われる。それ以外では香港、シンガポール、韓国も多い。だが、日本のメディアで明らかにされているように、日本の観光地で見かける中国人の数は多くない。ビザ取得の必要性、あるいは昨年来の日本産魚介類への忌避感が影響しているのか。それとも、中国国内の不景気から、中間層、勤労者家庭などが貯蓄優先で海外旅行をあきらめているのかも知れない。

テレビやネットの映像を見ると、国内は例年通りの春節風景が見られる。爆竹は都市部では禁止されているものの、今年はコロナ禍を一掃するという狙いがあるためか、不景気風を追い払いたいのか、当局も目こぼししているもようで、各地で地上に火花が散った。さらに、福建省や深圳市などではドローン花火が夜空を彩った。日本では煙火が主体だが、中国、台湾では一昨年ごろからドローン花火が導入された。色彩を持ったドローンが多数飛ばされ、その組み合わせによって夜空に動物などの絵を描く。今年は辰年なので、ドラゴンの絵が主流になっている。深圳市には600社を超すドローンメーカーがあり、彼らが自社の技術をアピールするための恰好のイベントになっている。

<経済光明論と悲観論>
不動産バブルが弾けたこと、さらにはゼロコロナ政策などを経て中国の経済状況は一層悪くなっているのは何人も否定できないところだが、国営新華通信社は2023年の経済状況について、「回升向好(好ましい方向への回復)、高質量発展(高いレベルでの発展)、扎実推進(しっかりと根を張っての前進)があった」と表現し、前向きに評価している。ただ、老百姓はもちろんのこと、党中央幹部の中でも本心からこの言葉通りに受け止めている人はいないのではないのか。それでも、中央指導部は“弱気 ”の姿勢を見せられない。経済政策の失敗を認めることはできない。それで昨年来、あくまで“強気”な発言で押し通している。

昨年12月12日の中央経済工作会議で、習近平国家主席は「経済光明論」を吹聴し、宣伝するよう指示し、景気が悪化しているなどと言わないよう求めた。同会議ではまた、「製造業における重点産業チェーンの質の高い発展」「消費成長を促すビジネスの開発、発展」「電気通信、医療などのサービス分野で、高い水準の対外開放を進める」「中国の伝統文化と現代のトレンドを組み合わせた商品の開発」など9つの重点経済任務が提起された。だが、特に目新しい提案ではない上、具体性も乏しい。例年の経済工作会議では次年度の成長目標が出されるが、それもなかった。そして、習主席は会議2日目に中座してベトナム訪問に旅立ってしまい、党中央が景気の回復、経済の再生に熱心でないことを垣間見せてしまった。

習主席の唱えた「光明論」はその後の会議でも主要ワード、一貫したトーンとなっている。今年1月3日の全国宣伝部長会議で、蔡奇党中央書記処書記(政治局常務委員)は「中国経済は光明に満ちている」というトーンで宣伝工作に努めよと発言。1月19日の全国政協会議の「経済情勢分析座談会」でも、王滬寧主席が同様の呼びかけを行った。つまり、経済が衰退気味であることを吹聴したり、強調したりすることは止めるべきだと指示。ネットで学者、エコノミストらが悲観的な経済分析、論評などを出したり、SNSの一般アカウントでその種の悲観論が登場したりしたら、直ちに消去するなどの対応を取るよう求めたのだ。

ネットニュース「財新網」の胡舒立編集長(女性)は王岐山前国家副主席と個人的関係が強いと言われ、これまで多くの特ダネをものにしてきた。ただ最近は「経済悲観論」を主張する記事が多いため、すぐに削除されるほか、編集部に圧力が懸かっているとも言われる。習近平政権1期目(2012-2017年)には、習主席は王岐山党中央規律検査委員会書記と二人三脚で腐敗撲滅運動を進め、習体制の確立に貢献した間柄だ。ただ、最近、王氏の元側近が逮捕されるなどで、二人の関係はぎくしゃくしていると言われ、財新網の悲観論記事はその意趣返しとも見られる。二人はもはや抜き差しならない対立状態にあるのかも知れない。

<今年当初の経済現況>
李強総理は1月16日、スイスで開かれた毎年恒例のダボス会議に出席、2023年度のGDP成長率が5.2%増となり、政府目標の5%を超えたと声高に叫んだ。翌17日、国家統計局も改めて5.2%という数字を提示し、具体的に第1次産業が4.1%増、第2次産業が4.7%増、第3次産業が5.8%増だったことを明らかにした。ただ、この数字は西側からはまったく信用されていない。ひいき目に見て第1次、第3次がそうだとしても、第2次産業に関しては、GDPの3割を占める不動産業の動きがストップしている状態で、どうして4.7%増になるのか、全体で5%を超えられるのか、これ一つとっても疑わしさは拭えない。

製造業購買担当者の景気指数(PMI)は今年1月に49.2。PMIは「50」を超えれば景況感は良い、「50」以下であれが景況感は悪いという指数だが、昨年10月(49.5)、11月(49.4)、12月(49.0)とマイナス続きだ。製造業の現場にいる人たちはずっと先行きに不安を感じているということであろう。こんな中で昨年の製造業成長率4.7%増も理解しにくいのではないか。消費者物価指数(CPI)は1月に前年同期比で0.8%の減。これも昨年秋から減少傾向。10月が前年同期比で横ばい、11月が0.5%減、12月が0.3%減と4カ月連続でマイナスとなっている。生産者物価指数(PPI)も昨年12月に前年同期比2.7%減、今年1月は2.5%の減などと15カ月連続のマイナスだ。中国ではGDPに占める消費の割合が5割を超えるという点を考慮すれば、第3次産業の成長5.8%もにわかに信じがたい。

中国の公式統計による失業率は昨年からずっと5%台で推移してきた。昨年12月(第4四半期)の最新値データでは5.1%。その前の9月発表(第3四半期)では5.0%だから微増傾向にある。西側の中堅国、あるには発展途上国ではこの数字程度かそれ以上の失業率を持つ国もあり、中国当局も発表をためらっている感じはない。問題は16-24歳の若年層の失業率だ。中国はこの年齢層の失業率について、昨年7月に「6月が過去最高の21.3%になった」と発表した。西側からこの数字を驚きの目で見られたのがショックだったのか、翌7月の数字公表を取りやめてしまった。そして、昨年12月に半年ぶりにこの数字を発表、「16-24歳失業率は14.9%だった」と大幅圧縮の数字をシラーッと発表した。

北京大学の張丹丹という女性副教授が昨年7月、「統計局の数字には家で寝そべっている者(つまり、親のすねかじり)は含まれていない。これらを加えると、実質的な若者失業率は46.5%になっている」と看破していた。今の景気状況から見て、失業率が半年で10%台まで改善したとは考えにくい。それはだれもが疑問に思うことであるから、当局側は改めて低い失業率になった理由として、学生の身分のまま求職中である者は失業者としてカウントしないという調査方法の変更を明らかにした。要は “数字のマジック”を使ったということだ。さらに言えば、この統計数字の対象者は都市部の若年層に限られ、農村から都市部に出稼ぎに来ている農民工は含まれていない。など諸々の問題点を考慮すれば、失業は底の見えない深刻な状況になっているのであろう。

習近平主席は2月7日の党外人士代表との春節祝賀会で、「今の制度に自信がある」と述べるとともに、「民営企業家にも、中国経済の発展に信念を持ってもらい、経済光明論を声高に叫んで欲しい」と改めて呼びかけた。しかし、経済は生き物で指導者の声だけで復活できるものでもない。庶民にとって経済状況を一番身近に感じさせるのは株式市況だが、その株価は下がる一方だ。政府は、株価維持のためにプライス・キーピング・オペレーション(PKO)を展開。企業の創業者ら国内の大量株式保有者に対しては株を売らせない、逆に自社株をさらに購入させる、投機筋には市況の激変を印象付けないよう空売りなどさせない、さらには、政府自身が大量の資金を投入する-などの指示を出した。

それでも、上海、深圳の株式市場は昨年来、値下がりを続けている。昨年初めころは5000ポイント近くあったが、今年2月の時点では3000ポイントを割って2600ポイントくらいになっている。一説には株式時価総額が昨年から今年にかけて3兆人民元ほど飛んでしまった。英エコノミスト誌によれば、2021年時の高値時期と比べると香港、中国市場から7兆ドルが消えたともいう。株式は、企業家が次の事業投資のために金融機関から融資を受ける際の担保になるのだが、株価が下がれば、その分だけ借入できる金額は減るので、経済活動は減退してしまう。また、国外の投資家には不安感を持たせるので、新たな資金を投入しないどころか、現在投入中の資金も引き揚げることになる。そのため、政府としても株価には敏感にならざるを得ないのである。

ブルムバーグ通信社によれば、中央政府は株式市場の下支えのために約2780億ドルの資金投入する計画を持っているという。中国株式市場で2015年に一時的に株価が急落したことがあった。この時には2400億ドルが投じられたが、今回はこれを上回る額だ。市場関係者は今回の政府資金投入のPKOについて、「弥縫策に過ぎない。株価は投入資金で一時的に値上がりするが、やがて投機家に利食いされ、すぐに下がる」と指摘する。実体経済が良くならなければ、所詮政府主導のPKOは虚しいものになるというのだ。事実、これまで政府は強圧的な掛け声だけで株式売却を抑えてきたが、株式市場は低下する一途だった。国内投資家をある程度抑えることはできても、海外投資家まで影響を及ぼすことはできないからだ。

こうした株安の責任を取らされたのか、中国証券監督管理委員会の易会満主席が更迭された。PKOを講じても、人事転換をやっても株価は下がる。国内投資家は、怒りの感情をどこかにぶつけたいが、当局に監視されている中国版SNSにそのスペースはないし、海外のSNSにはアクセスできない。そこで目を付けたのが「微博」にある米大使館のアカウントだった。ここなら削除はあるまいという読みから、損を被った国内投資家が不満の声を投稿した。内容は次第にエスカレートし、習主席の名指しを避けながらも、「この男さえいなくなれば経済が回復する」と書いた者もいて、公安(警察)に逮捕される事態にもなった。米大使館のアカウントそのものはなくせないが、投稿文はその都度削除される。当局側は経済衰退論を吹聴、披歴する者は「外国のスパイ」だとみなし、取り締まりを強化しているのだ。


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