1. HOME
  2. 記事・コラム一覧
  3. コラム
  4. 第28回 遥かなる桜蘭の記憶  直井謙二

記事・コラム一覧

第28回 遥かなる桜蘭の記憶  直井謙二

第28回 遥かなる桜蘭の記憶  直井謙二

第28回 遥かなる桜蘭の記憶

楼蘭ほど唐突な取材はない。歴史上の楼蘭の意味も細かい場所もよく分からないまま、取材命令が出てしまった。

「平山郁夫画伯を団長とする学術調査団が楼蘭に行く。その模様を1時間のドキュメンタリーにしてくれ」--。すばらしい仕事だと分かるまで、かなり時間がかかった。

あれからおよそ20年、茫漠たるタクラマカン砂漠に仏塔や司令部跡、住居跡などが点在していた記憶が蘇ってくる。学術調査隊には日本を代表する中国文学者や考古学者も参加していた。秋も深まった楼蘭は晴天で、穏やかな風が吹いていた。

人民解放軍のヘリが降りたつやいなや、平山郁夫画伯と奥様は仏塔の位置を確認し、スケッチを開始。他の専門家もそれぞれの研究に寸暇を惜しんで没頭し始めた。

タクラマカン砂漠の天候は変わりやすい。古来、タクラマカン砂漠を行き交った旅人の多くが砂嵐に巻き込まれ、死亡した。ようやく夢が実現して到着した楼蘭だが、いつ離れなければならなくなるか分からないという心配が常に付きまとう。

だが、この日の楼蘭は中国の専門家も驚くほど穏やかだった。スケッチをする平山画伯の鉛筆が画用紙の上を走る音だけが聞こえる。澄み切った空にそびえたつ仏塔や司令部跡が次々に画用紙に浮かび上がる。

調査団には笛が配られている。調査に夢中になり、茫漠たるタクラマカン砂漠で迷子になったら、命が危ない。静寂を破って突然、叫び声が響いた。

食用に人民解放軍が運んできた生きたままの羊が逃げ出したのだ。やがて、太陽が地平線に沈み、気温が急に下がるのが肌で分かる。昼間25度だった気温が夜には氷点下15度になった。持ってきたすべての衣服を着ての食事だ。

スープ、チャーハン、それに焼肉などバラエティーにとんだ料理だが、すべて羊の料理だ。逃げそこなった羊に感謝しながらの食事となった。

人民解放軍の兵士が散らばっている木材を集めて、焚き火を始めた。炎の行方を追うと、空は満天の星だ。

ラクダを追い立て、シルクロードを旅した商人や求法僧も同じ星を眺めたに違いない。テントの中に寝袋を持ち込み、寝袋の中に使い捨てカイロを何個も放り込んで横になったが、寒くて眠れない。

他の人たちは眠れるのかとテントの外に顔だけ出してみた。ほとんどのテントにランプがともり、それぞれの作業に追われている。

高齢でも目標を持った専門家には、知識ばかりでなく体力面でも負ける。20年たって、私も同行した専門家と同じ年齢になったが、同じ気力と体力があるか自信がない。

写真1:夕暮れの仏塔


《アジアの今昔・未来 直井謙二》前回  
《アジアの今昔・未来 直井謙二》次回
《アジアの今昔・未来 直井謙二》の記事一覧

 

タグ

全部見る