第379回 ベトナム中部の旅、「フエ吹けど踊らず」の巻 伊藤努

第379回 ベトナム中部の旅、「フエ吹けど踊らず」の巻
昨年11月にベトナムを1週間にわたり旅したとき、世界文化遺産に指定された観光地の訪問、見学以外にもいろいろと興味深い経験をしたので、今回は「ベトナムの旅」あれこれを紹介してみたい。
これまではアジアなどの外国に出掛けるときは会社の仕事が多かったので、出張時には勤務先の通信機器担当のセクションで外国仕様の携帯電話の使用申請をして、それを持って行った。しかし、今回は私的な旅行でもあったので、普段使っているガラ携の携帯電話の通信会社の店で「ベトナムでもこの携帯電話が使えるかどうか」を尋ねたところ、契約時に知らず知らずのうちに国際通信のオプション契約に入っていたことを知らされ、「ベトナムの空港に着いた直後にスイッチをオンにすれば、すぐに使えますよ」との返事があった。
ベトナム到着後には、南部のホーチミン市に滞在中の知り合いのHさんとたびたび電話で連絡を取る必要があったので、大変助かった。ベトナム国内を移動中、同行の友人、Nさんに「昔の江戸時代の時代劇などでの連絡手段の大変さを知っているので、まさに隔世の感がありますね」と、思わず江戸時代との比較で感想を語ってしまった。なぜ、そのような言い方をしたかというと、好きな作家の池波正太郎原作のテレビ時代劇「鬼平犯科帳」などで「火付け盗賊改方」(江戸の特別警察)の同心(下級武士で現代の刑事)や盗賊らが連絡手段として、巧みに紙片を使った伝言の「つなぎ」による正確な情報のやりとりに日ごろから関心を持っていたためで、昔の同心や盗賊が現代の携帯電話やスマートフォンを見たら、きっと天地がひっくり返ったように驚くに違いない。ともあれ、携帯電話やパソコンといった最先端機器が現代のさまざまな犯罪や警察の捜査などで悪用、活用されているのは興味深い。
次に紹介する経験は、最初に滞在した中部の中心都市ダナンから車で3時間ほどの古都フエの名所旧跡の観光をしようと、ホテルに車の手配を頼むと、英語の堪能なフロント担当者から「運転手は英語が全くできないのですが、それでもいいですか」と聞くので、筆者ら2人は「構いません」と返事した。ただ、ホテルから出発する前に、私たちの訪問希望先を運転手に伝えてもらった。

(ベトナムのレストラン)
そんなわけで、道中は運転手との会話もないまま、フエに向かったが、ベトナム最後の王朝、阮(グエン)朝の王宮跡や、その近くにある歴代の王の墓の遺跡などを見て回り、ちょうど昼食の時間となった。ここで困ったのは、筆者らが希望した海の近くのちょっとした海鮮料理を食べることのできるレストランに連れていってくれるよう伝えることだった。同行のNさんが紙に魚の絵を書き、手を使って物を食べる仕草をするのだが、運転手は理解できないようだった。仕方なく、近くにいた英語が片言できる別の地元運転手に通訳をしてもらい、ようやく、こちらの意向が伝わったようだった。魚の絵の意味も了解できたようである。
さて、それからダナンに戻る方向に走ること2時間。運転手は車の運転に真剣で、こちらの問い掛けに耳を傾ける様子はない。思わず、「フエ吹けど踊らず、とはこのことだね」と同行のNさんから冗談が出て、思わず大笑いした。それから30分ほどして、南シナ海に面した小さな湾の入り江にある地元の小さな海鮮レストランに到着した。運転手も誘ったが、遠慮してか固辞するだけだった。メニューにある写真を頼りに3品ほどを注文したが、どれもすこぶる美味だった。時間はかかり、夕方にずれ込んだ遅い昼食となったが、素朴ながら素敵な地元レストランに連れてきてくれた運転手に、こちらのお礼の気持ちだけは伝わったようだった。このようなちょっとした行き違いを楽しむ余裕も、外国の旅では持ちたいものだと思った。