第375回 実は個性豊かな公共放送局のベテラン・アナたち(中) 伊藤努

第375回 実は個性豊かな公共放送局のベテラン・アナたち(中)
長く報道界に身を置いてきたが、筆者は活字メディア出身なので、テレビなど放送業界で記者の友人、知人はいてもアナウンサーとなると数は極めて少なくなる。そのうちの1人が、NHKで現役アナウンサー時代、サッカーのワールドカップ(W杯)をはじめ国際試合も数多く実況中継してきた山本浩君である。NHKでは、スポーツ・アナとしては異例の解説委員を務めた後、NHKを退職して法政大の新設学部で教鞭を執るようになった。山本君は大学の同じ学科の同級生で、時々のクラス会で顔を合わせる間柄だ。まだ、互いに若い駆け出しの頃は、彼が関東のある県の夏の甲子園地方大会の決勝戦を中継するからと言って、対戦チームの選手の成績や横顔を調べる事前取材など中継の準備を進めていたことを記憶している。このような下積み期間を経て、日本で何百万、何千万という視聴者がお茶の間で観戦するサッカーの最高峰、W杯日本代表戦の実況中継担当に抜てきされたわけだ。
前回の本欄ではNHKラジオの深夜の人気番組「ラジオ深夜便」で司会役を務める「アンカー」と呼ばれるベテラン・アナの話を紹介したが、学生時代の友人の山本君も50代で大学の先生にならず、NHKで定年まで勤め上げていたなら、「深夜便」のアンカーに起用されていたかもしれない。スポーツ・アナ出身の方も長く、この番組のアンカーを務めておいでだ。しかし、同君はアンカー役としてではなく、スポーツ担当のコメンテーターとして時々この番組に登場し、日本内外のスポーツの話題を取り上げては、長年の取材経験を生かして彼らしいコメントを加えている。このような元アナの友人の声との出会いもまた、人生における妙味かもしれない。
テレビのニュース番組のお世話になる中で、若い頃に名前と顔を知った程度の放送局のアナウンサーの方々との声の出会いができるラジオ番組の良さを紹介したが、その際にさらに興味深いことの一つは、「深夜便」のアンカーを担当されるようなベテラン・アナの人柄が時に垣間見えることだ。NHKのテレビニュース番組でキャスター役などを担当してきた著名なアナが現役時代とは違って、ラジオ番組で放送された昔の歌謡曲などに個人的なコメントをしたり、番組への投稿に対して丁寧な感想を加えたりと、そのやりとりの中に自ずと個性というか、人柄のようなものがにじみ出てくるのだ。民放各局とは違って公共放送機関であるNHKのニュースは「中立・公正」をモットーにしていることもあって、局アナの番組進行は個性を消したものになりがちだ。また、そうした方針、立ち位置を堅持するよう長く要請されてきた経緯もあるだろう。
しかし、「深夜便」で再会した声の持ち主たちはいずれ劣らず個性的な面々で、専門分野も違えば、趣味、好きな音楽ジャンルなども違い、若い現役時代とは違ったいぶし銀のような司会進行ぶりについつい引き込まれてしまう。最近、アンカーとなった昔のニュース番組の看板女性アナのMさんが月に2回ほど、「深夜便」の司会進行役を務めているが、クラシック音楽への造詣が深いことを初めて知った。こうした出会いの楽しみもラジオ番組にはあると思うのである。(この項、続く)