第374回 オープンなフィリピンの拘置所と刑務所 直井謙二

第374回 オープンなフィリピンの拘置所と刑務所
囚人や被告人を拘束する刑務所や拘置所もお国が変われば様子が違う。マニラ首都圏にある拘置所には大勢の犯罪者が拘留されているが、一般の人もかなり自由に出入りできる。一般の人が拘置所に入るときは指にマークをつけられ、出るときに容疑者と区別される。
強盗の疑いで捕まった30歳前後の男性を取材したときのこと。男性の表情は明るく、そのうち無罪であることが分かるから悲観しても始まらないと語る。フィリピン警察はかなり大雑把に捜査の網をかけ、容疑者を拘留する。待っていれば警察が細かく捜査をおこない、無罪が分かれば釈放する。もう10日もすれば出られると男性は余裕を見せる。
家族との面会や差し入れなど拘置所の自由度は高い。容疑者なのにこんなにフリーで大丈夫かと看守に聞くと、「犯罪者も人間である以上人権がある。厳しい拘留は民主主義に反する」と語る。日本より進んでいるような錯覚すら感じ、「なるほど」などと頷いてしまうが、実際には捜査力が弱く、自信がないようだ。冤罪を糾弾するケースも少ない。
多数の幼い子供を自宅に拉致していた容疑で捕まった男を取材した。容疑者のインタビューを申し込むと、拘留されている独房の中なら構わないという。看守に男の入っている独房の格子戸をあけてもらい、カメラマンと共に中に入った。ガジャーンという冷たい音とともに独房のドアが閉まり、こちらも犯罪者になったような気分でインタビューを済ませた。

「モンテンルパの夜は更けて」の歌で知られるモンテンルパ刑務所に麻薬所持で日本人の男が収容されていて、その男に何回かインタビューした。刑務所のドアは二重になっていて一見厳しい管理がなされているように見えるが、中はちょっとした街だ。所内にフィリピン式雑貨屋「サリサリ」が点在している。子供を連れた家族も含め大勢の関係者がいる。大声で話し笑い声も聞こえる。場合によっては受刑者とともに家族が宿泊することもできる。
規則正しい生活、決まった作業それに管理された食事が当たり前の日本の刑務所とは趣を異にする。刑務所には旧日本軍の将兵も戦犯として留置されていた。モンテンルパ刑務所の外には獄死した旧日本軍兵士の死を悼む鎮魂の鐘(写真)とともに20歳前の旧日本軍の兵士がB級戦犯で処刑されたことを示す碑が建っていた。学徒動員で出征した兵士が処刑されたと思われる。若い兵士の無念を思い、緩んだ気分がいっぺんに引き締まった。
写真1:モンテンルパ刑務所の外には獄死した旧日本軍兵士の死を悼む鎮魂の鐘と碑
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