第347回 「メコンの恵み」を体験する旅 伊藤努

第347回 「メコンの恵み」を体験する旅
メコン河は中国南部の雲南省に端を発し、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムを縦断するインドシナ半島の大河だが、最近、その下流域のベトナム南部メコンデルタを訪れ、メコン・クルーズを楽しむ機会があった。メコン河もメコンデルタまでくると、支流が枝分かれし、今回は南部の商都ホーチミン市から車で2時間ほどの川べりの町カイベにまず向かい、そこで簡素な造りのクルーズ船に乗り込んだ。旅の一行はガイド役のベトナム人女性、チャン・トー・ガーさんを含め総勢7人で、約2時間のクルーズ船の代金はしめて40ドル。一人当たりでは船長へのチップを含め6ドル前後と、意外とお得だ。
まず、カイベの船着き場から支流を航行し、10分ほどで本流に入ったが、向こう岸までは300メートルはあろうか。また、このあたりの川の深さは35メートル前後とのことで、泥が溶け込んだ土色の流量の多さに圧倒される。世界有数の国際河川だけあって、大型観光船、さまざまな物資を満載した大小の貨物船が行き来しているが、小さなクルーズ船で浴びる川風は爽快だ。以前、タイ中部を流れるメコン河を訪ねたとき、近くの淡水魚水族館で大河に生息するオオナマズなどを見たことを思い出したが、このあたりにも大物の淡水魚がうようよいるのではないかと想像した。大物狙いにはたまらない釣り場になるだろう。

メコン河・クルーズ
間もなくして、メコン本流の中州のような島(アンビン島)に到着し、そこからは定員3人の手漕ぎ舟に乗り移った。小さな島の中を縦横に流れる水路を船頭さんが漕ぐ櫓(ろ)でゆっくり進んでいく。メコン河下流域は南シナ海に近いため、海の干満の影響を受け、一行がこの水路を進んでいるときは干潮で水量は少なかった。小島といっても鬱蒼とした亜熱帯の森で、水辺はハゼのような小魚のほか、きれいな糸トンボや色鮮やかなチョウが乱舞し、昆虫の好きな人には格好の観察スポットとなるのではないか。ベトナム伝統の編み笠「ノンラ」をかぶって30分ほどの水路の旅を終え、小島の休憩施設に立ち寄った。地元の人が漕ぐ小舟の船頭さんの報酬は1回1ドルで、こうした観光客向けの舟漕ぎが1日当たり5回ほどあるそうで、その合計額が1日の稼ぎということになる。
小島にはドラゴンフルーツやドリアン、マンゴー、パパイアといった南国特産の果樹が植えられており、観光客は幾らかの代金を払えば、フルーツがたわわに実った枝からもいで持ち帰ることもできる。メコン河は上流域の栄養豊富な土を流れに取り込んで流域諸国に広大かつ肥沃な地をつくり上げたが、多種多様な川魚やコメ、果物をはじめとする農産物はメコンの恵みであり、流域の人々は大河の贈り物によって生きているということを実感する。
カイベの町の船着き場に戻り、太陽が照りつける中を小川に沿ってしばらく歩くと、この地で100年以上にわたって続く旧家の施設をリニューアルしたレストランに連れて行ってもらった。旧家の豪邸の中庭がレストランになっており、評判は海外にも伝わっているためか、欧米からの年配の観光客でにぎわっていた。どの料理もすばらしかったが、店の自慢はメコンで捕れた「エレファント・フィッシュ」の唐揚げ。頭部が象の耳のような形をしているために名付けられたが、淡水と海水が混じり合う汽水域で育つスズキに似た魚で、白身の味も水槽で泳ぐその姿形もスズキに近かった。一行にとって、メコンの恵みをたっぷり味わうことができた小さな旅となった。