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第561回 「孟母三遷」の中国での学習塾廃止の行方 伊藤努

第561回 「孟母三遷」の中国での学習塾廃止の行方 伊藤努

第561回 「孟母三遷」の中国での学習塾廃止の行方

近年、個人独裁の傾向を強める中国の習近平指導部が同国内で大きな政治・社会問題となっている貧富の格差拡大を是正する国策として、「共同富裕」というスローガンを掲げ、幾つかある具体策の一環として、何と(!?)北京や上海など大都市を中心に林立する小中学生対象の学習塾に対する締め付けを強化した。小学生向けの宿題を減らすという措置もある。このニュースに接して、数年前の中国への取材旅行の折、招請先の中日友好協会の中堅幹部との私的な会話のやりとりの中で聞いた話がにわかに蘇った。

2005年以降ほぼ毎年続いてきた中日友好協会の招請による日本人ジャーナリストの中国人有識者との意見交換と地方視察のプロジェクトは、近年の日中関係の政治情勢の悪化や新型コロナ禍の影響を受けてここ2年ほどは中止を余儀なくされている。経済的には緊密な日中両国の全般的関係が難しい状況に陥っても、大局的な立場から双方の知日派、知中派の研究者やジャーナリストらによる率直な対話は重要であると同時に、互いの立場や考え方などを知る上で極めて意義ある機会であり、このプロジェクトに参加してきた筆者は是非ともこの種の人的交流を継続してほしいと個人的に思っている。

そうした中国での現地取材の関わりを簡単に紹介した上で、筆者らの受け入れ先の中日友好協会の幹部のCさんが視察先の地方で移動中のバスの中でのざっくばらんなやりとりの際に漏らした言葉が「中国では最近、子弟を学習塾に通わせる費用がばかにならないのですよ」という、自らの体験の基づく感想だった。学習塾などに通わせる教育費用は、子供の学年や習う教科の数、習い事の種類などによってもちろん異なるが、Cさんの子供の小学生のお嬢さんの場合は日本円に換算して月額2-3万円にもなるといい、学齢期の子供が何人かいれば、親の教育負担はかなり重くなる。

人口大国でもある中国の共産党指導部は数年前まで、人口増加を抑えるため、一人っ子政策を長く導入してきており、親としては子供の数が少なければ(これまでの政策で一人っ子家庭が多い)、わが子により良い教育の機会を与えようと、塾通いなど教育熱心になるのは自然の成り行きだ。

こうした背景もあって、中国でも日本などと同様、親が子供の将来を考え、就職に有利となる名門大学や有力大学に進学させるための受験戦争が過熱しているが、学習塾に通わせるにはかなりの費用がかかり、どうしても都会の裕福な家庭の子弟が有利となる。貧富の格差や地方・都市部の格差が教育の格差につながり、大げさに言えば小中学生の時期に学習塾に通えるかどうかがその後の人生にも関わる一大事となり、親の教育熱に付けこむ形で勉強の仕方を伝授する大手学習塾が都会を中心に繁栄を極めるのもうなづける。

こうした状況に危機感を強めた中国共産党指導部が打ち出したのが、格差の是正を目指す共同富裕の一環としての小中学生対象の学習塾に対する締め付け強化というわけだ。政府の規制措置は、大都市に多い学習塾の新規開設を禁止したほか、既存の学習塾はすべて営利団体として再登記が義務づけられ、高騰してきた授業料は政府が監督するというかなり厳しい内容だ。今回の規制措置の導入により、受験競争の激化とともに展開が拡大する一方だった学習塾の閉鎖が一転して相次いでいると伝えられる。

読者の方もご存知の通り、中国は「孟母三遷の教え」(紀元前3世紀の戦国時代の中国で、思想家として名を成す孟子の母が、子供の教育に適した環境を選んで住所を三度移し変えたという故事)という言い伝えがあるように、子供の教育には熱心な親が大昔からいたことをうかがわせるお国柄でもある。大きな権限を握る中央政府が大号令をかけて、学習塾に対する規制を強化しても、学齢期の子供を持つ現代の中国人の「孟母」「孟父」たちもきっと抜け道を探し、わが子が勉強に打ち込む教育環境を整えようとあれこれと知恵を絞るに違いない。

これまで中国の経済発展の副産物とも言うべき教育分野における受験競争の過熱という追い風を受けて繁栄してきた中国の学習塾業界の経営陣がどのような生き残りを図るかにも注目していきたい。

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