第291回 わが国とも無縁ではない「イスラム国」 伊藤努

第291回 わが国とも無縁ではない「イスラム国」
中東のシリアとイラクで支配領域を広げる過激組織「イスラム国」の動向に世界の関心が集まっているが、もともとの前身は「イラクのアルカイダ」を名乗っていたテロ集団だ。イスラム教スンニ派の過激勢力でもあるが、2003年のイラク戦争後に駐留を続けた米軍の掃討作戦で隣国シリアに幹部や戦闘員は逃れた。しかし、そのシリアでは3年以上前から激しい内戦が続き、内戦の長期化につれてアサド政権打倒を狙う反体制派勢力の中で台頭し、イラクに戻って勢力巻き返しの機会をうかがっていたわけだ。
2001年9月に米同時テロを引き起こした国際テロ組織アルカイダの残党に対する追跡・掃討作戦をはじめ、テロとの戦いを続けるオバマ大統領も今年初めには「イスラム国」について、テロ集団としては「2軍のチーム」とその力を軽視していた。だが、世界最強を誇る米軍最高司令官の見立てに反して、「イスラム国」はイラクのスンニ派武装勢力とも呼応して支配地をあっという間に広げ、北部にある同国第2の都市モスルも制圧するに至った。
今年半ばには、イスラム教開祖ムハンマドの教えに従って、カリフを頂点とする「イスラム国」の建国を宣言し、イスラム世界のみならず、国際社会にも衝撃を与えた。
「イスラム国」が急速に勢力を伸長させたのは、欧米の人質を何のためらいもなく公開処刑する残虐な組織体質の一方で、支配地で手に入れた石油施設から上がる原油の密輸収入や人質解放と引き換えの身代金、各地の銀行襲撃で略奪した資金などで潤沢な資金力を擁していることが大きい。また、インターネットを使って、欧米社会の現状に反発を抱く世界各地の若者らを巧みに勧誘、洗脳して外国人戦闘員を増やしていることや、支配地の住民を統治するに当たって本物の国家をまねたさまざまな制度、施策を導入していることも、米軍などの空爆作戦にもかかわらず組織が一向に弱体化しない理由となっている。
「イスラム国」の動きは、日本から遠い中東の出来事と思ってしまいがちだが、軍事マニアの日本人が現在、この組織に身柄を拘束されているほか、北大生がシリアへの入国を図ろうとして警察の聴取を受けるなど、決して「対岸の火事」ではない。日本と同じような欧米の民主国家でも、繁栄の裏にある宗教的差別やさまざまな格差に不満を抱く多数の若者が「イスラム国」戦闘員に加わるなど、テロの脅威は現実的なものになっている。
「イスラム国」は中東地域だけの活動にとどまらず、アジア各地でもその思想や教義、戦略に共鳴するイスラム過激派との協力を深めようとしている。故ウサマ・ビンラディン容疑者が創設したアルカイダの誕生の地であるアフガニスタンの隣国パキスタンのイスラム過激派「パキスタンのタリバン運動」(TTP)の一部有力幹部が最近、共闘・合流の考えを示したと伝えられるほか、トルコ系のイスラム教徒住民が多数派の中国・新疆ウイグル自治区で頻発する分離独立派のテロや襲撃事件にも「イスラム国」と連携する過激組織の関与が疑われている。
日本政府はオバマ政権による「イスラム国」に対する軍事作戦に「理解」を示しているが、日本を除く主要7か国(G7)がそろって作戦を支持し、有志連合に加わっている現在、わが国としての対応や立ち位置について議論が少ないのは理解に苦しむ。