第243回 著述活動の裏に内助の功 伊藤努

第243回 著述活動の裏に内助の功
最近、会社の大先輩で学者となったT氏、米国に在住しジャーナリストとして米国の政治・外交を中心にカバーしているK氏と会食する機会があった。K氏の一時帰国時にぜひとも尊敬するT氏に会いたいというリクエストがあったので、世話人を買って出て行きつけの新橋の店に一席もうけた。
お二人とも年金を受け取る年齢だが、まだ現役で講演や著述活動を続けていることもあって、最近の国際情勢や日本外交をめぐって侃々愕々の議論となり、座が大いに盛り上がった。こうした議論の本筋とは関係ないのだが、話しているうちに外交評論の執筆などに当たって、お二人とも奥さまの内助の功があることが分かった。
間もなく80歳というT氏は豪放磊落な性格や親分肌の人柄も手伝って10歳以上も若く見えるが、執筆は万年筆を使って原稿用紙のマス目を埋めていく作法を堅持している。パソコンが普及している時代に、手書きの原稿を受け付けてくれる編集者や出版社は少ないと思われるが、T氏は執筆にはパソコンは使わない。その代わりに、内外の新聞などをこまめにチェックしたり、パソコンで編集者や知人とのメール連絡を代行したりする助手役が奥さまなのである。
筆者は仕事柄、米国のメディアを中心に世界の政治、軍事動向を日々ウオッチしなければならないが、T氏に、分析などが優れていて良質な米紙の記事や評論を紹介すると、ほとんどすべてに目を通していたのには驚いた。助手役の奥さまに指示して内外の重要情報を収集し、原稿に生かしているのである。
もう一人の先輩のK氏の奥さんは米国人だが、K氏も情報収集や原稿執筆に当たって、長年寄り添っている配偶者の手助けを得ていた。読書魔のK氏には、「原書から読み解く『情報戦』の攻防」と副題のついた大国・米国の言論界の潮流を紹介した大部な著作があるが、この本を書くためにもかなりの数の英語の原著を読み込んでいる。もちろん、本人が目を通すのだが、英語がネイティブの奥さまも時々は一緒に目を通し、あまり知られていない国際情勢の具体的事実関係に関する箇所は別途、原著から拾い集め、夫に報告する形でサポートしているのだという。
翻って、自分の場合は原稿のテーマ選択から取材や情報収集、資料の読み込みまで一人でこなすのが習い性になっているため、両先輩の例は参考になりそうもない。
そう言えば、筆者の大学時代の恩師も精力的な著述活動で知られたが、奥さまから、先生が徹夜で書き上げるなどした原稿は長いものでも、短いエッセーでも必ず、居間のテーブルに置かれて、編集者に渡す前に目を通す習慣になっていたと聞いた。夫の仕事の理解者が身近にいることはやはりすばらしい。