第189回 サンマの刺身は物流業発展の象徴 伊藤努

第189回 サンマの刺身は物流業発展の象徴
近年の円高定着で日本の製造業は韓国などライバル国との価格競争で苦戦を強いられ、コスト削減のために中国や東南アジア各国に拠点を移す動きが加速し、国内では産業の空洞化や雇用先の減少など深刻な問題が噴出している。そうした中で、東南アジアなどの新興国での需要拡大をにらんで積極的な海外進出を進めている産業もある。物流や食品、教育、介護など日本企業が得意とするサービス業の分野だ。
日本での物流産業のすごさを感じることの一つは、生鮮食品の冷凍・低温輸送や宅配サービスの発達だ。一例を挙げれば、秋の味覚である秋刀魚(サンマ)の刺身を食べることができるようになったことだ。サンマはやはり塩焼きが美味だが、青物の魚の常で鮮度が落ちやすい。このため、生の刺身でサンマを食べるという食習慣は、サンマが水揚げされる漁港の近くにしかなかったはずだが、鮮度を保つ低温輸送の普及により、大都会のスーパーマーケットなどでは、生のサンマとともに、刺身も店頭に並ぶようになった。物流の発達によって、食卓に上がる生鮮食料品のメニューが広がったわけである。
コンビニエンスストアもサービス産業の一つだが、コンビニの出店の広がりは多くの人の想像をはるかに超える速さで進んだ。コンビニには、若い消費者に受けそうな 売れ筋の商品が並んでいるだけでなく、今では公共料金の支払いや銀行の現金自動支払機でのお金の出し入れなど、金融機関の機能も果たしている。コンビニの興隆は、24時間営業による便利さだけでなく、銀行の出張所のような役割を代行するようになったことも大きいのではないか。コンビニの年間売上高は、老舗の百貨店の売り上げをしのぐようになっており、「小」が「大」を制した構図にも見える。
日本市場で成功を収めた物流企業やコンビニはここ数年、海を渡って中国やタイ、ベトナムなどの新興市場に進出しており、こうした動きはかなりの期間にわたって続きそうだ。介護サービスや塾などの教育産業もそれぞれの企業戦略を立てて、事業展開が円滑に進みそうな国への進出やその準備に余念がない。日本と同様に高齢化が進む人口13億の中国には、社会主義国ということもあってか、民間の介護サービスのノウハウがないといい、日本の関連企業にとって、中国市場進出は大きなビジネスチャンスでもある。日本の有名な学習塾はインドネシアに進出し、現地で多くの生徒を集め、日本で開発した学習方法を伝授し、高い評価を受けていると聞く。
サービス産業の発達は、その国の経済発展や国民の一人当たり所得の増加と関係があり、アジアの新興国も衣食住の確保に加え、生活の質向上のために支出することができる余裕が出てきたということだろう。独自ブランドを手に海外での出店を加速度的に増やしている大手アパレルメーカーのU社は、サービス産業の海外成功物語の象徴と言えそうだ。