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第171回 ダボスの電子メールボックス 伊藤努

第171回 ダボスの電子メールボックス 伊藤努

第171回 ダボスの電子メールボックス

30年以上にわたり報道の世界で仕事をしてきて改めて感じることの一つは、原稿を送る機器の革命的変化だ。筆者が会社に入った1970年代後半は、ようやくファクスが企業の間で普及してきた頃で、配属された外信部という海外特派員からの原稿などを受ける部署では、ワシントンやニューヨーク、ロンドンなどの海外支局から海底ケーブル専用回線のファクスで記者の手書き原稿が続々と入ってくるのを見て驚いたものである。今の若い方には筆者の驚きがむしろ驚きかもしれないが、学生時代にファクスの機器は見たことがなかった。

ファクスはその後、1980年代に入って爆発的に普及し、家庭の電話機にもファクスの装置が付くのが普通となった。だが、便利と思われたそのファクスも、IT(情報技術)革命でパソコンや携帯電話が普及し、Eメール(電子メール)が簡単に使えるようになったことで、ファクスの利用は頭打ちになってしまった。現在は、出先にいる記者が書く原稿も基本的にはEメールの機能を使って、原稿をチェックするデスク(編集担当記者)の元に送る。

このように今では誰もが恩恵を被っているEメールだが、そのEメールが国際ビジネスの舞台で使われ始めた草創期の個人的体験を忘れることはできない。場所は、スイスの保養地として知られるダボスで開催された世界経済フォーラム(WEF)年次総会の会場だ。19891月のことで、当時、スイスの特派員をしていた筆者はこの会議を取材していたのだが、世界の一流企業のトップリーダーが集う大きな会議場の何カ所かに「電子メールボックス」が設置されていたのである。

このボックスを見て、最初はどのようなものか分からなかったが、会議の主催者に聞くと、参加している企業のリーダーたちがニューヨークやロンドン、パリにある本社といつでも連絡が取り合えるように、IDとパスワードがあれば、電子メールで本社とやりとりができるとの説明があった。会場にまだ共用の電子メールボックスがあったことをみると、個人用のパソコンはまだそれほど普及していなかったのであろう。

その後のパソコンと電子メールの爆発的な普及を振り返ると、ダボスの国際会議場で見た当時は珍しい電子メールボックスの重要性にもっと早く気づいていればと悔やまれる。その後、アジア各国を取材する特派員になったが、どんなへんぴな地にいても、電話回線さえあれば、原稿を本社に簡単に送れる時代となった。記者になりたての頃とは隔世の感がある。

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