第159回 インドライオンのこと 伊藤努

第159回 インドライオンのこと
日本では最近、より専門的なテーマが多いBS番組の普及や、アナログ放送から映像が格段に鮮明な地上デジタル放送に移行したことも関係があるのか、世界各地で生きる貴重な野生動物を紹介した番組が増えている。昔から動物関連の番組やドキュメントを見るのが好きな筆者にはありがたい。
この分野では、博物学や探検の分野で長い伝統、実績がある英国の公共放送BBCが良質な動物の生態を追ったドキュメント番組をたくさんつくっているが、日本のNHKも負けてはいない。毎週放映される「ダーウィンが来た!」は人気のある動物だけを取り上げるだけでなく、身近な生物や珍しい昆虫なども紹介し、やさしい解説と好奇心を満たす映像と相まって、視聴率もいいようだ。
筆者の子供時分、普及し始めたテレビの番組で動物ものを見たのは、五輪の水泳金メダリストでもあったJ・ワイズミュラー主演の「ターザン」だった。船舶事故に遭ってしまい、アフリカの密林に取り残されたターザンとマスコットのチンパンジーの活躍を描いた冒険物ジャンルにも含まれる人気番組だったが、たくさんある物語の中で奇妙なことに覚えているのが、ライオンとトラの対決シーンだった。一方は百獣の王、他方は密林の王者とたたえられる弱肉強食の世界で頂点に立つ猛獣だが、この黄金の対決は近代あるいは現代では実現不可能な組み合わせであることを知ったのは、随分後のことだった。
ライオンはアフリカのサバンナにすみ、トラはインドやスマトラ島、中国、ロシア極東などアジアの密林で生息しているので、大昔のことはともかく、有史以降は出会いの場はないはずだというのが動物学者の見解である。
そのように思っていた矢先、最近の動物番組で、絶滅危惧種となったインドライオンのドキュメントを見る機会があった。アフリカのライオンに比べ、小柄でオスのタテガミも少ないインドライオンは現在、インド西部グジャラート州の保護区に300頭前後いるにすぎない。この地域はサバンナではなく、森や林で、インドライオンは草原ではなく森に生息している。インドというと、西部のベンガル地域に生息するベンガルトラが有名だが、トラの生息地とは数百キロ離れており、両雄が相まみえる可能性はまずないという。
では、テレビドラマ「ターザン」でライオンとトラの対決の場面が描かれたのはフィクションだったのか、それとも、両雄の対決を見たいという視聴者の願望の反映だったのか。インドライオンの番組を見て、昔の懐かしい記憶がよみがえるとともに、ターザンの製作者の意図に思いをはせた。